巨大NHKがなくなる   田原茂行

序章           視聴者が動いた
 二〇〇四年七月二九日号の『週刊文巻』は、NHKの1プロデューサーによる番組制作費の着服事件を報じた。私は、その半年前、私が参加していたインター ネット掲示板「テレビ目安箱」の主宰者から、五項目のNHK改造計画を受け取っていた。この計画案は、「テレビ目安箱」の終了にあたって、主宰者がまとめ たものだった。 このままいけば、NHKは巨大な怪物として野垂れ死するだろう。すでに若い世代はNHKをほとんど見ていない。二〇一一年七月に一億台の アナログテレビの映像が消されるときに、決定的なNHK離れが起こる。
すべての市民が未来の課題を自由に論じ、世代を超えた楽しみを創る広場として公共放送を再生させるため、これまで放置された制度を以下のように改造することを提案する。
①特殊法人NHKを解散して新たな公益法人とし、地上波1、衛星波1のみの免許をもつ。組織は、全国五つのブロック組織が独立採算により独立編成を行う。全国放送はこの五組織の構成するネツトワークが行う。
②政府はハイビジョン放送の義務づけ方針をやめ、放送局の自由な編成に任せる。NHKの五組織は、それぞれの1波で可能な3チャンネルの標準放送、あるいはハイビジョン放送を自由に選択して総合編成を行う。
③残りの地上1波、衛星1波の編成は、番組制作会社、制作者個人・団体、地方民放局が参加する協議体に委ね、NHKは、その放送設備の管理・運用の責任を負う。
④NHKの経営委員および会長は、公的なマニフェストを提示した立候補者の中から、全国の放送局、番組制作会社、新聞社、出版社、視聴者団体の推薦する有識者による選考委員会が選考する。
⑤放送に関する行政は、政府の直接の権限から切り離し、独立した放送行政委員会の所管とする。                   
(インターネット掲示板「テレビ目安箱」の二〇〇回年元日の書き込み)

 「テレビ目安箱」は、テレビの草創期にCMやドラマの劇伴音楽で活躍した作曲家が、かつての仕事仲間とその後輩たちに呼びかけて生まれた。 
九〇年代のテレビは、NHK島会長の国会での虚偽答弁(後述)を皮切りに、視聴者の信頼を自ら切り裂くような事件を次々と引き起こした。九三年にテレビ朝 日の椿貞良報道局長が「細川政権を誕生させたのはテレビだ」と口走って辞職を迫られ、九六年、TBSのワイドショー制作者がオウム教団に坂本弁護士のビデ オを見せた事件が暴露され、その翌年、民放二局が、契約したCMを放送しないで金をもらっていた不正行為が発覚した。
ほとぼりの冷める間もなく起こったこれらの事件は、テレビの草創期を知る人たちを強く結びつけた。電子掲示板の主宰者のメッセージの最初の一行は「田園まさに荒れたり」と書かれていた。 
民放のCM不正事件が発覚した一九九七年、NHKでは、海老沢勝二副会長が会長に選ばれた。政府が、視聴者の意見をほとんど聞くことなく、アナログ地上放 送の廃止、完全デジタル化の方針を決めた年であった。放送業界には異論もあったが、NHK新会長はこの国策の推進者となり、業界全体を動かしていった。  それ以後、われわれの掲示板には、NHK組織内部の変化を伝える書き込みが増えていった。「海老沢会長がこう言った」という言葉をNHK幹部の誰もが口に しはじめ、会長の姿がしばしばテレビの画面に登場するようになった。ニュース番組の字幕に、スポーツ紙顔負けの刺激的な大見出しが躍り、スポーツや犯罪ネ タがトップニュースとなり、紅白散合戦の内容が長々と紹介された。
和歌山の毒カレー事件と大リーグのイチローのニュースは詳細を極めたが、金融危機と不良債権問題はわずかな時間しか取り上げられなかった。 

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第六章 視聴者の出番! NHK改造計画

NHKを取り巻く新聞・民放連合の自己改革 

 NHKの改革は、新聞・民放の改革と並行して進める必要がある。言論の多元化にとって新聞と民放の経営癒着の有害性は明らかである。二〇〇四年、株の名 義所有による証券取引法違反が問題となって、大新聞すべてが集中排除原則を無視していることが明らかになった。NHKの巨大化がまかり通ってきたのは、こ の新聞と民放の結合という背景がある。 法律による罰則規定を設ける前に、社会的な制度として、以下の自己改革と自浄の措置が必要である。

冒頭に掲げた「テレビ目安箱」のNHK改造案に以下の事柄を加えたい。
●新聞と放送は、それぞれが自立した言論機関であることを改めて確認し、自らの社会的責任として、現行のマスコミの集中排除原則の実質的実現を図る。その ため新聞社役員経験者の、放送局の代表権者への天下り人事を一切行わない(現在、一年の猶予期間を経て自由に代表役員の天下りが行われている)。

●新聞、放送の全社は、年一回、自社のホームページを含む自社広報の手段で、株式の所有状況と役員の経歴をすべて公開する。

●新聞は言論の公器として、放送の社会的な制御の基礎となる番組批評と放送経営を論じるためのページを設け、また視聴者の投稿欄を拡充する。これは低迷を続けている新聞自身の活路となり得る。
 NHKの商業主義の膨張、中央集権の強化は、キー局の主導する民放全体の公共性の解体と並行して進んできた。これまで日本の放送は世界に例のない公共放 送と民放の競争、併存として宣伝されてきたが、両者が視聴率でなく公共性の在り方を競うためには、マスコミの集中排除原則を自らの手で積極的に実現すると 同時に、民放免許の原点に立ち返った、新しい制度の構築が必要である。
これは法的規制の強化ではなく、全国の視聴者の表現の自由の回復のため最低限の法的枠組みの創造として理解してほしい。

●具体的には、キー局の法的定義を明確化する。キー局とは、関東ローカルの免許を前提に、全国の系列局から排他的に主要な時間枠の番組編成を委託されている局で、一人二役の機能をもっている。
キー局機能を上記のように定義した上で、地域局の実質的な経営参加を義務づける。 会社組織としては、二〇〇三年の改正商法で生まれた「委員会等設置会 社」とする。「委員会等設置会社」は、社外取締役を含む取締役会が、社外取締役が過半数を占める三つの委員会を組織し、監査、役員指名、役員報酬を決める 会社である。この社外役員は地域局の役員から選ぶ。

●キー局の編成計画として、プライムタイムの中に地域局の自社制作番組の放送枠の設定を義務づける。これは、アメリカに長年あった「プライムタイム・アク セスルール」を参考にする。アメリカでは、八〇年代まで、ネットワーク会社は週一五時間以上の番組を二五以上の系列局へ送りだしている全国的な放送主体と し、午後七時から一一時については、ネットワーク番組以外の番組の放送を義務づけられた。日本では、地域向けの自社制作番組で世界にない実績があるので、 地域局の自社制作番組の放送枠は、地域番組の全国的な展開の場となり得る。

●全局を通じ、現在の番組調和条項の、教育、教養、娯楽、報道の番組区分について定義を明確にし、その区分に地域番組を加える。また各社の番組審議委員会は、その番組区分の判断結果の検討・承認を行い、番組区分の内容の公表を義務づける。

●新聞の批評機能の再生に先立って、現在の自己批評番組の強化・充実を図り、プライムタイムで放送する。これを民放としての情報公開、視聴者との直接対話の場とする。また、新聞記事を番組素材とするだけでなく、自由率直に新聞を含むメディアを批評する番組を設ける。 

NHKの制度改造計画案 
 まず、改革についての論議の進め方として、NHK自身は、これまでのようにNHKが選んだ識者による審議会で自己完結するような形の提案を行うべきでは ない。 幹部を含めNHKの有志は、NHKにおける立場あるいは労組の枠から飛び出して視聴者の中の論議に参加してほしい。今後の制度改革論議は、視聴者 からすでに出されている積極的な意見を中心に、番組制作、放送批評活動で実権をもつ諸団体、そして有志の学者、国会議員の幅広い参加を得て推進されるべき である。この案もその中での検討の材料としてもらいたい。 視聴者にとって必要なのは、現在のNHKの事業存続のための改革、あるいは、行政の過去の政策 の行き詰まりの打開策としての改革案ではなく、望ましい公共放送の構築案である。その問題意識の続一にあたって、以下の点がポイントと考えられる。

●特殊法人から公益法人へ 
 NHKは通常の特殊法人と異なり、政府の出資もなく、特殊法人とする必然性がない。放送法は民放にも適用されており、特殊法人を監督する総務省の管轄から切り離し、公益法人として位置づけることが可能である。
公益法人は、近年、特殊法人への批判の隠れ蓑として活用されているが、それは第一に、明治時代以来、政府・国会が公益の定義を放棄してきたこと、第二に監督官庁の恣意が批判されず、省益がまかり通っているからである。 
NHKの公益法人化は、この二点そのものの改革に貢献する形で、公益の定義を明確化し、日本銀行法に倣った自主性を盛り込む必要がある。

●組織の分権化
 NHKは、BSの免許を得て以後、事業規模を二倍以上に膨らませた。それは、十分な社会的な論議を経たものではなく、NHK自身も十分に準備した上での 拡大ではない。関連会社を含めた人員規模はいまでも世界で最大の規模となっている。NHKの現状は常識的な管理可能限度をはるかに超えている。これが会長 職人の巨大な権限集中を生んできた。組織の分割による分権化が必要である。

●受信料制度 
 制度は、戦前の制度を引き継ぐものだが、公共放送の必要性についての視聴者の判断の指標となり得る。しかし、メディアが飛躍的に増えた状況の中で、独占 的な徴収権をもつことは実態に合わない。そこで、視聴者への還元方法として、値下げの検討と同時に、実績をもつ制作会社、個人・団体への貢献の方法が考え られるべきである。またこの料金の決定が、社会的な論議でなく、実態として不透明な駆け引きで決まってきた歴史に終止符を打ち、徹底的な論議の透明化が必 要である。

●情報公開制度の改革 
明日からでも取り組むべき課題は、NHKの内部規定である情報公開制度と、その運用方法の改革である。これを進めることが、今後の制度改革を助ける。
とくに政府と政治家による番組批評については、その内容およびNHKとしての対応を公表することが、最も具体的なNHKの経営理念の転換の姿勢の程度を示すものとなる。
 以上の現状認識の上に立って、本書の冒頭に掲げた「テレビ目安箱」による五項目のNHK改造計画を基礎に、以下の七項目を提案する。

①特殊法人NHKを解散して新たな公益法人とし、テレビは地上波1、衛星波I、ほかに中波、FM短波ラジオ、国際放送の免許をもつ。 
 組織は、全国五つのブロック組織が独立採算により独立編成を行う。全国放送はこの五組織の構成するネットワークとして行う。 具体的には東日本、関東、 中部、近畿、西日本の五つの独立採算の"本部〃組織に分割し、それぞれが編集責任をもつ。五つの本部は、それぞれ多チャンネルを生かして、ブロック放送と 地域組織を基礎にしたネットワーク放送を行う。この五分割の規模は、民放の実績を見れば、適正な管理の規模と考えられる。
これまで、それぞれブロックネットワークの実績をもち、地域に根ざした独自の番組づくりの伝統がある。災害対策について県域の限界を超えた広域性と地域密着性を両立できる組織となる。

②現在まで政府は、放送のデジタル化にあたり、免許方針として全テレビ局にハイビジョン放送を義務づけようとしている。二〇〇五年にNHK総合放送は九〇 パーセント、その他の局はすべて五〇パーセント以上を目標とし、さらに増やそうとしている。しかしデジタル化は多チャンネルを可能にする技術でもある。行 政に、この可能性を封じる権限はない。多チャンネルを封じてはデジタル化は成功しない。その技術の評価は市場、つまり事業者と視聴者が決めるべきである。  したがって、政府はハイビジョン放送の義務づけ方針を止め、標準放送を基礎に、ハイビジョンは付加的な任意のサービスとし、放送局の自由な編成に任せ る。NHKの五組織は、それぞれの一波で可能な三チャンネルの標準放送、あるいはハイビジョン放送を自由に選択し、公共放送の原点となる報道・教養機能を 充実させ、娯楽番組、プロスポーツ番組は縮小する。
編成、制作の理念として、恣意的な”中立””公正”でなく、市民生活の抱える共通の課題と争点を明らかにし、多様な価値観の創造的な表現を目指す。伝統文 化の維持もその役割となる。 国際放送については、政府が指定して行う規定(放送法三十三条)があるが、これを「政府は、放送区域、放送事項について NHKと契約を締結する」と改め、相互の権限と財政負担を明確にする。

③NHKは放送チャンネルの半減に伴い、予算を縮小し、人員は段階的に半分に縮小する。残りの地上1波、衛星1波の編成は、番組制作会社、制作者個人・団 体、地方民放局が参加するパブリックチャンネル運営の協議体に委ね、NHKは、その放送設備の管理・運用の責任を負う。 この内容は、すでに欧米、韓国で 拡大しているパブリックチャンネル、市民アクセスチャンネルの実績が参考になる。 またこの新たなチャンネルは、目本の放送の暗部となっている外注制度の 改革、貴重な制作力をもつ制作会社の力の発展の場とする。財政的には、NHKの、衛星放送(有料化)の自前の収入による。

④NHKの経営委員および会長は、公的なマニフェストを提示しか立候補者の中から、選考委員会が選考する。その選考委員会の委員は、全国の放送局、番組制 作会社、新聞社、出版社、および視聴者団体の推薦を得て、第⑦項の放送行政委員会がこれを任命する。総理大臣および総務省はこれらの決定に関わらない。
 経営委員会は、五組織全体の調整業務を行い、また、第③項のパブリックチャンネルとの調整業務を総括する。また、五つの独立採算組織の責任者を選び、その責任者はそれぞれの組織の理事を選ぶ。いずれも外部の人材の起用も可能とする。

⑤公益法人NHKの決算については、経営委員会は、第⑦項の放送行政委員会への報告・承認を求められるが、予算については報告のみを義務づけられる。 国 会は、企業の株主代表の立場に近い存在とし、企業の総会における「検査役」に匹敵する専門的な監査機能をもつ組織を設置して、放送行政委員会の決算の承認 に先立って調査を行い、放送委員会に意見を提出する。

⑥受信料は、視聴者が主体的に公共放送を維持する手段として位置づけ、相互契約とする。契約者一人ひとりへの経営情報の公開を義務づけ、視聴者の意見の調 査と広く公開された論議を経て、経営委員会がその金額と支払い方法を決定する。当面、NHKの規模縮小に対応するの減額を行い、また、受信料の使途を公開 する。
 番組文書の公開を含め情報公開制度の拡充がなければ、制度は生き残ることはできない。番組についての対話のための定時番組を設け、政府・政治家による番 組批評もこの俎上に載せる。またBBCに倣い、視聴者の番組に対する意見・苦情に対応する業務を重視する。”受信料は視聴者の権利〃という考え方を受け止 めるだけの徹底的な情報公開と対話の制度化が必要とされる。 
衛星放送は有料方式による。義務化・罰則規定の設定は行わない。これまでの支払い者から不公平感が指摘されてきたが、完全デジタル化の時点では、複数チャンネルを公共的な基礎サービスと付加サービスとに分け、支払い者へのフルサービスを行うことは可能である。

⑦放送に関する行政は、政府の直接の監督権限から切り離し、独立した放送行政委員会の所管とする。 政府に関するから独立した放送行政委員会の機能の実効 性を左右するのは、国会議員の見識、熱意だと考えられる。今後、マニフェストを掲げる国会議員の中に、放送政策について見解を掲げる議員を増やす活動が必 要である。 また、政府はこれまで、小さな政府をスローガンとし、新しい組織をつくることは行政改革に逆行するとして反対してきた。しかし放送行政は、な しくずし的な規制緩和に終始し、これまで誰が見ても目に余るほど過剰で煩雑な規制を維持し、また省庁間で同じ仕事の縄張り争いをやってきた。抜本的な規制 緩和を行えば、スリムな体制による新放送委員会の設置は必ず可能である。以上の提案が、すでに始まっている社会的な論議の材料として検討され、今後の視聴 者を中心とするNHK改造に役立つことを念願する。