追い詰められたマスメディアによる
グーグル的ネット世界への反乱が始まった

http://diamond.jp/series/kishi/10070/    ダイヤモンド・オンライン

 最近は政治や 経済政策絡みのことばかりを書いてきましたが、実は今年後半から、マスメディア/コンテンツ産業とネットの関係が大きく変化する兆候が出ています。 2010年はネット上の常識が変わる年になるかもしれないのです。今年も最後ですので、この点について総括しておきたいと思います。

今の競争構造ではメディアは
ネット上で課金しても儲からない

 これまで何度か書きましたが、ネットが普及し出してからマスメディア/コンテンツ産業の収益は急速に悪化しました。それは、ネットが視聴者と広告の両方を奪ってしまったからです。

 マスメディア/コンテンツ産業は基本的に垂直統合型のビジネスモデルであり、自社でコンテンツの制作から流通までを牛耳ってきました。そこでは、コンテンツの制作力もさることながら、媒体毎のコンテンツの流通独占が収益の源泉となってきました。

 しかし、ネットという新たなコンテンツの流通網が普及したことで、マスメディア/コンテンツ産業は流通独占を喪失して収益が悪化したのです。か つ、それらの産業の企業はネットに積極的に進出したのですが、収益改善にはほとんど貢献しませんでした。その理由は大まかに言って二つです。

 一つは、ネット・サービスのレイヤー構造の中でマスメディア/コンテンツ産業はコンテンツ・レイヤーに属するのですが、ネット上でのコンテンツの 流通独占はプラットフォーム・レイヤー(検索サービス、SNSなど)に奪われてしまったため、現状のままでは広告・課金のいずれのビジネスモデルを採って もネットは儲からない、ということです。

 もう一つは、ネット上ではコンテンツは無料という意識が根付いたことです。違法ダウンロードの氾濫はその典型です。加えて、検索サービスが検索結 果にネット上の新聞記事を掲載するときも、記事を一時的に複製するにも関わらず新聞社の許諾を得ず対価も支払わないことが当たり前となっています。

 つまり、マスメディア/コンテンツ産業にとってネットは儲からない場所になってしまったのです。しかし、今年後半になって、こうした状況を変えようという動きが活発化しています

雑誌版iTunesも登場!加速する
マスコミのプラットフォーム進出

 第一の問題点への対応としては、マスメディア/コンテンツ産業がネット上のプラットフォーム・レイヤーに進出しようという動きが活発になっています。

 その先駆けは、2年前にスタートしたテレビ業界の取り組みです。米国のネットワーク局4局中3局(NBC、Fox、ABC)がネット上でテレビ番組を配信するサイト「Hulu」を開設しました。今や、米国ではユーチューブに次ぐ人気の動画サイトに成長しています。

 この動きを真似て、音楽業界ではメジャー・レーベル4社中の3社(ユニバーサル、ソニー、EMI)が共同でミュージック・ビデオを提供する公式サイト「Vevo」を開設しました。

 出版業界でも、大手出版社4社(タイム、コンデ・ナスト、ハースト、メレディス)と大手新聞社ニューズ・コーポレーションが共同で、雑誌や新聞を 魅力的な形でネット配信するための共通フォーマットの開発を始めることを発表しました。プロジェクトの名称は決まっていないが、“デジタル・ニューススタ ンド”や“雑誌版iTunes”などと呼ばれています。

 この三つの動きの共通点は、それぞれの媒体での大手が共同して、ネット上でコンテンツ・レイヤーからプラットフォーム・レイヤーに進出しようとしていることです。マスメディア/コンテンツ産業の収益の源泉であった流通独占を取り返す動きが始まったのです。

独メルケル政権が考える
新聞救済策

 第二の問題点に関連して、世界のネット上で最大の流通独占を獲得したグーグルへの反乱が始まっています。

 米国では、英語圏最大の新聞社ニューズ・コーポレーションが動きました。従来から課金制のウォールストリート・ジャーナルのみならず、同社のすべての新聞のサイトを来年夏までに課金制に移行すると発表したのです。

 加えて同社は、ネット上の記事を複製して検索結果に取り込んで儲けているのに、著作権法上のフェアユース規定を根拠に新聞社に対価を支払わない グーグルへの怒りを爆発させました。具体的には、グーグルへの記事の提供を止め、対価を払う用意のある検索サービスだけに記事を提供しようとしています。

 一方、ドイツでは、メルケル政権がネット上で新聞を守る方策の検討を始めました。まだ検討中の段階ですが、新聞などの出版社にネット上での記事の 二次利用に関する新たな権利を付与し、許諾と対価の支払いなしにはグーグルなどの検索サービスが記事の複製や利用ができないようにしようとしています。

 レストランが店内で音楽を流す場合、音楽の権利者の許諾と対価の支払いが必要となりますが、同じことをネット上のコンテンツにも適用しようとして いるのです。ネット上での記事の使用料の徴収や分配を行う組織(音楽に関するJASRACと同じような組織)の新設も必要との議論も行われています。

 民間と政府の違いがあるとは言え、この両者の取り組みは、ネット上で検索サービスによるマスメディアのコンテンツの無料利用(プラットフォームによるコンテンツの搾取)を防ごうとしている点で同じ方向を指向しています。

2010年はネットビジネスの
パラダイムシフトが起きる

 このように、過去数年の間にネット上ではグーグルなどのネット企業だけが儲かるという構図が定着しましたが、それを変えようという動きが本格化し てきました。その背景としては、ネット企業が栄える一方で、世界各国でジャーナリズムと文化が衰退し出しているという現実があります。

 これらの動きがどう加速するかによって、2010年はネット上の常識やビジネスモデルのパラダイムシフトが起きる可能性もあります。来年は鳩山政 権と日本経済にとっては激動の年となると思いますが、メディアやコンテンツとネットの関係にとっても同様の年となります。ただ、残念ながら日本の関係者に はそうした問題意識が薄いと思います。来年は要注意ではないでしょうか。