明治以来の革命だ=菅 直人

これは、明治以来の革命だ=菅 直人     2009年11月5日 中央公論

明治憲法下の内閣運営からはじめて脱却した
 --民主党政権下で新たに発足する国家戦略局に注目が集まっている。組閣後の記者会見で菅大臣が「仕事の半分は達成できた」と述べたのが印象的だった。国家戦略局の使命、役割や権限とは何か。
 
 菅 国家戦略局の使命は、日本の行政、社会全体のありようを示すことだ。 
 
 鳩山由紀夫首相は官僚丸投げの政治から政治主導の政治を実現するため、各省庁での意思決定を大臣、副大臣、政務官の「政務三役」で行う仕組みを作り、いくつかの省庁にまたがる政策課題について関係閣僚が協議する「閣僚委員会」を開くことを決めた。また、さらに官邸機能を強化する仕掛けとして「国家戦略局」と、予算のムダを排除する「行政刷新会議」を設ける構想を発表し、政権発足前から準備を進めてきたのだ。
 
 十六日の組閣後、財務相、国交相、外務相ら各大臣が意欲的にマニフェストに沿ってスピーディーに新政権の方針を発信しているのは、首相の狙い通りになっている証左だ。これは自民党政権の大臣たちより民主党の大臣たちが個人的に優れているからという理由だけではない。政権発足後、直ちに内閣が機能するよう、統治構造について私たちが準備し、内閣の原理、構造を根本から変えようとしているからこそなのだ。
 
 そして鳩山首相が組閣前に私を国家戦略相に任命する方針を示したことで、霞が関の側も「本気で改革を進める」という新政権の決意を理解した。その結果政治主導の改革に抵抗する官僚の姿勢がかなり変わってきた。そういう意味では国家戦略相の仕事は、まず、半分の目標を達成できたといってもいい。
 
--最終的にはどういった統治構造を目指しているのか。
 
 菅 それを説明するために、まず、議院内閣制の原理原則を確認したい。
 
 よく、三権分立の原則から、国会は立法府、内閣が行政府であるから、内閣は国会から独立していると思い込んでいる人がいるが、これは誤った解釈だ。意外に知られていないが、憲法には三権分立の規定はない。現行憲法の大原則は「国民主権」とされているだけである。
 
 そして、議院内閣制では、国会で多数の議席を獲得した政党が自分たちのリーダーを総理大臣とし、内閣を組織する。つまり政権党が全面的に責任を持って内閣を組織することになるのだ。国民が選んだ国会議員が国民に代わって総理大臣を選ぶことによって国民主権が内閣に対しても担保される。要するに議院内閣制とは、政権党が立法権と行政権の両方を握るというシステムである。
 
 よく指摘されるように、自民党政権下では、与党が法案の事前審査などで強い権限を持ち、官僚と族議員が中心的な役割を担っていた。そして、閣僚はその決定にただ従っているケースも多く、政府と与党の二元的な政策決定が問題になってきた。もちろん我々は、この二元的な政策決定を打破しようとしているのだが、今回、民主党が試みている変革は、これまでの二元的なあり方に問題があったから正しているといった程度の表面的なものではない。本来あるべき国民主権の原理原則に正すための大改革に挑んでいるのだ。ここを理解してもらいたい。
 
--その一環として事務次官会議を廃止した。
 
 菅 これまでのいびつな議院内閣制のありようの中で最も象徴的だったのが事務次官会議である。一九九六年に自社さ政権下で私が厚生大臣を務めた際、閣議というものが何の議論も行われず、黙々とサインをしている“サイン会”であることを知って驚いた。
「こんなことで大丈夫なのか」と事務官に尋ねると、「前日に事務次官会議をしているから大丈夫です」という。その事務次官会議は満場一致を原則にしている。ということは全次官に拒否権があり、自身の省益に反するとしてたった一人の次官が反対しただけで何も決められなくなる。その上、閣議はセレモニーになっている。要するに国家、国民の利益にトータルで責任を持っている人は誰もいないということだ。
 
 ちなみに、事務次官会議には法律的な裏づけはない。さらにいえば、憲法などで閣議は満場一致とする規定もない。単なる慣例なのだが、霞が関は自分たちの都合が良いように読み替え、次官会議は閣議と同じに満場一致が原則だと勝手に決めたというのが実態だ。
 
 明治憲法は天皇主権で、総理大臣以下すべての閣僚は天皇が任命し横並びの関係で天皇を輔弼する。官僚も天皇の官僚とされていた。しかし、いうまでもなく現行憲法下では総理大臣がその他の大臣の任命権者である。任命権者がいる閣議がそもそも横並びで満場一致という解釈がおかしい。この国ではこれまでずっと明治憲法下の考え方で内閣が運営されていたということである。今回の政権交代で初めて現行憲法下の内閣運営を行おうとしていることを強調しておきたい。

脱官僚のための三要素
 --脱官僚依存政治こそが民主党のスローガンだが、具体的にはどうやって推し進めるのか。
 
 菅 政権交代によって根本からシステムを変えることに成功するためには、三つの立場にある人の方針が一致することである。1担当大臣、2総理大臣、3与党、の三つである。この三要素が一致すると官僚は抵抗できなくなる。
 
 私は薬害エイズの問題を徹底的に究明し、厚生大臣として被害者に謝罪したが、薬害エイズの問題は事前に相当調べていたので個人的には大臣に就任した初日に謝罪することもできた。しかし、しなかった。いくら担当大臣が謝ったところで補償の問題があるので予算を獲得しなくてはならないからだ。このため、時の総理大臣だった橋本龍太郎氏と与党の了解を取り付けてから謝罪をした。だから、この問題は解決に向かったのだ。
 
 ただ、この私の経験はたった一回のケースで終わり、注目はされたが構造的な変革につなげるまでにはいたらなかった。前政権でいえば、石破茂前農相が長らく弊害が指摘されてきたコメの生産調整(減反)政策を見直そうとしたが、最終的には族議員によってつぶされたのがいい例だ。霞が関は常にこの三つの要素を分断することで自分たちの都合のいいように内閣をコントロールしてきたのだ。
 
 一方、今回の内閣はこの三要素が一致している。総理が「進めろ」と指示し、与党民主党はマニフェストに沿って「進めろ」という。各大臣もマニフェストの通りに実行する。だから、動くのだ。前原誠司国交相が、八ッ場ダムの見直しの方針を示してもいまのところ国交省の官僚は表立っては抵抗してこない。この三要素が揃っている中で抵抗すると、自身の身が危なくなることが分かっているからだ。
 
 ただ、本来の議院内閣制の姿からいえば、この三要素は重なるのが当たり前だ。ところが三権分立の誤った解釈が横行し、自民党の怠慢によって明治憲法下の内閣運営が“維持”され、三要素を霞が関によって分断されてきたために歪んだ姿だっただけである。
 
 いま、野に下った自民党の中にも、我々が目指す統治システムのほうがいいと思っている議員がきっといるだろう。この国では歴史的な大転換が始まっている。
達成目標の明示、複数年度方式

予算編成のあり方を改革する
 --今後、国家戦略相として何に取り組んでいくことになるのか。
 
 菅 鳩山首相の指示書には、「税財政の骨格、経済運営の基本方針など内閣の重要政策に関する基本方針について企画・立案、総合調整を行う」とある。まず、着手しなくてはならないのは自民党政権下で執行された補正予算の見直しと、来年度予算の編成だ。
 
 まず、補正予算でいえば、実際の作業は組閣前から政調会長らが中心になってかなり進めてきた。その成果を踏まえて組閣二日後には「閣僚委員会」を開き、見直しの方針で合意し、閣議にあげて決定した。このため補正予算の作業に関しては、国家戦略相としての役割は大筋では終わっている。
 
 次は本予算だ。本予算については二つの課題がある。第一点目としては、予算編成のあり方そのものを抜本的に改革したいと思っている。第二点目として来年度予算の編成を検討することが課題になってくる。
 
 予算編成のあり方の改革から説明しよう。まずは、予算の積み上げ方式について改革する。これまでの官僚主導の内閣では予算編成の実権は官僚組織が握っていた。前年度の予算編成が終わった六月から各省庁は次年度の予算編成の準備に入る。節目で閣議決定はあるが、実際の予算は各省の各課、各局からの積み上げ方式を取っていて、これまで政治家は最終局面になってから形式的にかかわるにすぎなかった。この方式を根本から変える。
 
 来年度の税財政、税収や経済成長を見通して国債をどのくらい発行するかといった歳入面を最初に把握する。そうすると自動的に予算の総額が見えてくる。その総額の中にマニフェストで示した政策を埋め込んで、各省に落とすというトップダウンの方式に変えていく。これには国家戦略局も役割を果たしていくことになるだろう。
 
 また、複数年度にわたる予算編成についても検討していきたい。たとえば三年間の予算を実質的に見通して計画を立てる。国の予算は憲法で「単年度主義の原則」が定められているので、これを単年度ごとに落としていくという作業を行うことになる。
 
 単年度主義であるために、予算を使い残すと次年度以降から財務省に予算を削られる危険があるとして、各省が年度末に予算を無理に使い切ろうとして問題になってきたが、予算の使い残しを翌年度以降に繰り越すことができるようになれば柔軟で効率的な予算執行も可能になるはずだ。
もうひとつ、「政策達成目標明示制度」(仮称)の導入を検討したい。たとえば、ある役所が一〇〇億円の予算を要求した場合、その一〇〇億円の予算を計上することで、いつまでに何ができるのか、その目標を明確にさせることを想定している。
 
 これはイギリスで実際に行われている制度で、私流に日本語訳してみたものだ。こうするために必要だと予算編成の段階で示したものが、実際に達成されているかどうか、何年か経過したら再評価する。評価するのは民間などでもいいだろう。
 
 従来の予算編成は、一旦、計上してしまったら終わりだ。国会でも予算案を審議する予算委員会では与野党が激しく議論するが、決算委員会でかつて計上した予算によって目標が達成されたかどうかという評価は十分にはしてこなかった。こうしたことも検討したい。こういった予算編成のあり方の改革は来年度からできるもの、できないものがあるので、注意深く進めたい。
 
 第二点目は、来年度の予算編成をどうするかということだ。ご存じの通り衆院選の投開票日は八月三十日で、各省庁が要望する次年度の予算要求(概算要求)の締め切りは翌日の三十一日だった。麻生政権下で作成され、民主党が目を通していない概算要求である。私は政権交代が確実となった投開票日の夜、「麻生総理は概算要求を中止すべき」といった。財務省は受け取るだけは受け取ったようだが、事実上、一切触らず凍結している。財務省からすれば、「時間もないので麻生政権時代に作成された概算要求をベースにしましょう」といいたかったのだろうが、それをいい出す前にこちらから先手を打った格好だ。このため、財務省側からは、そういった話はきていない。
 
 ただ、年度内編成をするのであれば、確かに時間は限られている。財政当局からは十月上旬ごろまでに大筋の方針を示してほしいといわれているので、目下、その作業を急いでいる。
分権によって

地域の活性化を図

--長期的には国家戦略局はどういったことを目指すのか。
 
 菅 国家戦略局が最も期待されているのは、文字通り長期ビジョンに立った国家戦略だと思っているが、これは慎重に考えていきたい。森羅万象にまでわたるあまりに大きな話だからだ。
 
 最も大きな課題は、これからの国の形をどうするかということだろう。霞が関の改革については先ほど説明したように、今後ずっと進んでいくことになる。その先の課題としては、やはり地方分権だと思っている。
 
 この国は、政治も経済も過度に集権化してしまった。このため地方では少子高齢化が進み、財政は破綻し、地域社会の活力が奪われた。分権を推し進めて地方行政の裁量が広がれば地域の事情に合わせて創意工夫をこらすことができる。これまでのように国の公共事業や補助金のバラマキに頼らずに、地域の活性化につなげられる。
 
 地方分権の必要性が説かれて久しいが、この分権の実現に最も抗ってきたのは霞が関である。霞が関に権力が集中しているからこそ、地方に対して影響力を維持し、天下り先を確保できるからだ。同様に自民党に多数いた族議員にとっても、中央集権であるがゆえに地元に細かいハコモノを誘致し、自身の権力を示すことができた。
 
 しかしこれからは官僚主導の「官僚内閣制」から「国会内閣制」に変革すると同時に、「中央集権国家」を「地域主権国家」に変えていくことが欠かせない。国の形そのものにかかわる大きな課題であるため、もちろん、首相が中心的な役割を果たすことになる。その中で国家戦略局が関与していく。また、原口一博総務相のもとでは近くこうした議論も始まっていくだろう。
 
 ただ、短兵急に進められるような話ではないので、すぐに作業に着手するということではない。地域主権国家を実現すべく、こうした問題に対応できる人材を官民から広く集めて国家戦略局のメンバーとし、議論できる体制整備から始めていきたいと考えている。
 
 --自民党政権下の経済財政諮問会議は、三位一体改革によって分権を進めるとしながら、一律の交付税削減が先行するなど中央集権を強化する側面もあった。国家戦略局は中央集権的な組織にはならないか。
 
 菅 それはまるで違う。現在、この国は、役所ごとに省益を守る形の歪んだ縦割りの“分権”の姿になっている。先ほど説明したとおり国全体のことを考えない省益主義を打破するためにこそボトムアップをやめるといっている。それを打破することで地方分権も進む。
 
 --マニフェストには地方をしばるひも付きの補助金を廃止し、基本的に地方が自由に使える一括交付金を交付するとあるが、その総額などは誰がどうやって決めるのか。
 
 菅 これは究極的な姿と途中プロセスの問題があるのでそういう表現になっているが、最終的には財源、権限をすべて地方に移していくべきだと考えている。若干、抽象的ないい方になるかもしれないが、目指す姿は、明治維新の前の状態である。江戸時代、幕府の役割は外交や防衛に限られ、内政の大半は各藩の自主性に委ねられていたことを指している。その後の明治維新で天皇中心の中央集権国家へと大改革が進められたわけだが、いま、その弊害があらゆるところで出ている。いまこそ、この国の形を明治維新と逆方向に改革するべきなのだ。
 
 最終的に目指す分権を成し遂げるためには一〇年以上の歳月を必要とするかもしれない。その大改革をする途中の過程として、地方をがんじがらめにする補助金を廃止して、自治体に自由な財源を交付したいと考えている。

「国家ビジョンの整理は国家戦略局の仕事かもしれない」
 --子ども手当の支給や高速道路無料化、農家の戸別所得補償などがマニフェストに盛り込まれ、有権者の注目を集めた。ただこれらの政策は民主党がどんな国家像を目指して盛り込んだのか、その“哲学”がみえない。
 
 菅 国家ビジョンがないのではなく、ある意味で国家ビジョンに沿ってマニフェストでは逆に具体的な政策を提示しているのだ。
 
 たとえば我々民主党には「経済戦略がない」という批判があった。しかし、公共事業をばら撒く従来型の政策ばかりが景気対策になるわけではない。たとえば民主党のマニフェストの中には介護報酬の引き上げを盛り込んでいる。介護部門に投資をすることでたくさんの雇用が生まれれば内需拡大にもつながる。ハード整備の公共支出でなく、ソフト部分への公共支出であっても経済効果を生み出すことができると確信している。
 
 民主党のマニフェストでリーマン・ショック以来の問題に対応できるかどうかと問われれば、私は基本的には対応できていると考えている。ただ、その対応の方法が従来型のコンクリート中心の方策ではなく、人への投資という形態にシフトしている。より国民の望ましい形の支出の中で実現しようとしているということだ。
 
 また、「高福祉高負担」「中福祉中負担」といったスローガンを掲げる政治家もいるが、この言葉が出てくる裏には、なんとか消費税の引き上げにつなげようという魂胆が見え隠れしている。そうしたキャッチフレーズにうかつに乗るのではなく、まずは行政刷新会議でムダを徹底的に洗い出す。そして、そこで生み出された財源を充てることで高負担にしなくても中福祉くらいの社会が実現できるかどうかといったことがみえてくると考えている。
 
 だからまずはマニフェストに沿って進める。マニフェストで示した方向性に沿って実現できない状況に直面した場合はそこでどうするか議論をしていく。こうした過程の中で、場合によったら我々の思い描く国家ビジョン、国家戦略というものを整理して示していく必要が生じるかもしれない。その整理については、場合によっては国家戦略局の仕事となるかもしれない。
 
 --この国は世界に例のないスピードで急速に少子高齢化した。高齢者は今後も増える一方で、社会保障費も増大の一途をたどる。民主党の理想を実現する過程で、社会保障費などを切り崩す必要が生じるのではないか。
 
 菅 発想が逆なのだ。切り崩すという発想の根底には前年度比という概念がある。我々新政権にとっては前年度という思想はない。三年間くらいで何をするか計画を立て、優先順位を考えながらマニフェストを実現する方策を組み立てるからだ。
 
 先日、長妻昭厚労相は、無駄遣いの削減のために省内の各局に対し、「優先順位の低い事業を五つあげてほしい」と指示していた。それに対して官僚は、すべての優先度が一緒だといって抵抗する。そんなことをいうのは専門家ではない。こんな役人はいらないのだ。一円たりとも予算を減らさないように力を尽くすのは、自分の役所の利益を国の利益より上においているからだ。そういう発想を打破するために国家戦略局はかかわっていかなければならない。各省に対して優先順位をあげろと指示したときに、優先度が低いものが出てくるのは当然で、結果として前の年に比べて予算が少なくなるものが出てくるのは当たり前だ。しかし、前年度のものを前提としてどこを削るという発想は一切するつもりはない。
 
 また、高齢化については、長寿社会を実現したということだから素晴らしいことなのだ。問題は子どもの数が急激に減っていることで社会のバランスがおかしくなっているという点だ。高齢化社会の解決は人口バランスの改善で、だからこそ民主党は子ども手当の支給を打ち出したのだ。そしてこれはすでに走り出している。
 
 繰り返すが、新政権が発足してからわずか数週間でスピーディーに仕事が進んでいる。民主党発足以来、今日まで十一年間野党であり、官僚に依存することなく政策をつくってきた。それがいま、本番になって通用するかどうかを試されている。従来、組閣後の記者会見というと官僚の作文を大臣が読み上げるだけだったが、今回の新閣僚は内閣の使命を互いに共有し、自分の言葉でしゃべっている。チームの力を発揮しているのだ。様変わりだ。これだけでも国家戦略局の最初の仕事は成功したといえる。これからは急くことなく、この国の形について、じっくりと取り組み結果を出していきたいと考えている。
(了)


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