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2016年2月17日 (水)

高市総務相の「停波」発言の撤回と総務大臣の辞職を求める申し入れ

高市総務相の停波発言が問題になっています。
(高市総務相の停波発言に波紋 与党にも慎重対応求める声:
http://www.asahi.com/articles/ASJ295DB7J29UTFK00Q.html )
当会は「高市総務相の「停波」発言の撤回と総務大臣の辞職を求める申し入れ」を提出しました。

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                            2016年2月15日
総務大臣 高市早苗様

 高市総務相の「停波」発言の撤回と総務大臣の辞職を求める申し入れ
                 NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
                      
                    共同代表 湯山哲守・醍醐 聰

  さる2月8日、9日の衆議院予算員会で、高市総務相は、政治的に公平であること等を定めた放送法第4条に違反する放送を繰り返した放送事業者に対しては電 波法第76条第1項を適用して停波もあり得るとの答弁をした。安倍政権のもとで放送に対する介入が頻発している状況の中で放送事業を所管する大臣から、放 送番組の内容と関わらせて行政処分を発動する可能性が公言されたことは、報道の自由、放送の自主自立の原則に照らして、極めて由々しき問題である。当会は 以下の理由から、高市総務相に対し、上記の発言の撤回を求めるとともに、高市氏が放送事業を所管する大臣としてわきまえるべき資質を欠いていると判断し、 総務大臣の職を辞するよう求める。


1.倫理規範たる放送法第4条違反を理由に行政処分を可とするのは法の曲解であり、違憲である。

 憲法・放送法学者の間では放送法第4条は放送事業者に法的義務を課す規範ではなく、放送事業者が自覚すべき倫理を定めた規定とみなすのが定説である。
そ の理由は、政治的公平であること、報道は事実を曲げないですること、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにするこ と、などを定めた放送法第4条は、言論・表現・報道の自由の根幹をなす番組の編集方針や番組内容に関わるものであり、これらに違反するかどうかを所管庁や 政権が判定し、違反を理由に行政処分や罰則など法的制裁を発動するとなれば、憲法21条で保障された言論・表現の自由を侵害するおそれが強いからである。
 現に、真実でない放送をされ、人権を侵害されたとして放送事業者に訂正放送を請求できるかどうかが争われた事件で最高裁は申立人の訴えを棄却する判決を言い渡した(2004年11月25日)。その判決文の中で最高裁は放送法第4条の性格を次のように解釈している。

「法 4条1項自体をみても,放送をした事項が真実でないことが放送事業者に判明したときに訂正放送等を行うことを義務付けているだけであって,訂正放送等に関 する裁判所の関与を規定していないこと,同項所定の義務違反について罰則が定められていること等を併せ考えると,同項は,真実でない事項の放送がされた場 合において,放送内容の真実性の保障及び他からの干渉を排除することによる表現の自由の確保の観点から,放送事業者に対し,自律的に訂正放送等を行うこと を国民全体に対する公法上の義務として定めたものであって,被害者に対して訂正放送等を求める私法上の請求権を付与する趣旨の規定ではないと解するのが相 当である。」
 
 このような最高裁の法解釈に照らしても、放送法第4条が放送事業者に対外的義務を課す規範規定ではなく、4条各項で定め られた事項を自律的に確保するよう促した倫理規定であることは明らかである。したがって、放送法第4条に違反する放送がなされたことを以て行政処分の根拠 とするのは法の趣旨の曲解であり、違憲であって許されない。
 
 もっとも、ここで言う「倫理規定」とは放送事業者の「編集権」なるものを 無条件に容認する趣旨ではない。まして、放送法第4条第1項各号への適合を番組編集者の裁量に無制約に委ねたものでもない。「倫理」とは最高裁判決も指摘 するように放送事業者が国民全体に負う「義務の自覚」を前提にした自律を意味している。

 昨今のNHKの放送、特に報道番組は政府の意向 を忖度し、代弁する政府広報に偏したものが多い。こうした政治的偏向を正すには、NHKの自律を待つだけでなく、BPOによる監視はもとより、NHKの主 権者というべき視聴者からの理性的な批判が不可欠である。NHKはこうした視聴者の批判に真摯に向き合い、「義務の自覚」を実際の番組編集に活かすことが 不可欠である。放送事業者の「自律」とは国民の知る権利に奉仕する使命を果たすために与えられた自治であって、視聴者からの批判を「聞き置く」身勝手な裁 量を意味するのではないことを、ここで強調しておく。 

2. 停波発言は2007年の放送法改正にあたって行政処分の新設案が削除され、真実性の確保をBPOの自主的努力に委ねるとした国会の附帯決議を無視するものである。

  2007年の国会で、政府から提出された放送法改正案の中に、ねつ造番組を放送した事業者に対し、再発防止計画提出を義務付ける行政処分規定が盛り込まれ た。しかし、衆参両院の法案審議において、こうした規定は「公権力による表現の自由への介入にあたる」との反対意見が出された。日本弁護士連合会も 2007年3月28日に発表した「会長談話」の中で、「行政機関が,免許権限を背景として再発防止計画の提出を求めることは,その要件が必ずしも明確でな いことも相まって,放送事業者に萎縮的効果をもたらすおそれが強く,国民の知る権利を損なうものとなることが懸念される」とし,「放送倫理上の問題は,放 送事業者が自らを厳しく律することによって解決されるのが望ましい」と指摘した。

 こうした意見を受けて、新たな行政処分規定は削除され、代わって、衆参両院の総務委員会は、放送界が共同で設置した第三者機関「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の「効果的な不断の取り組みに期待する」との附帯決議を採択した。
こ の附帯決議は放送法第4条が倫理規範であることを踏まえた妥当なものであった。菅義偉総務相(当時)も、新たな行政処分は「BPOによる取り組みが発動さ れるなら、私どもとしては作動させないものにしていきたい」と述べ、BPOによる再発防止策が機能している間は、行政処分規定を凍結する考えを示した。 (2007年5月22日、衆議院本会議 。なお、以上については、奥田良胤「『ねつ造』に関する新行政処分放送法改正案を国会に提出」『放送研究と調査』NHK放送文化研究所、2007年6月も 参照)

 ところが、高市総務相はさる今年2月8日の衆院予算委員会で、「BPOはBPOとしての活動、総務省の役割は行政としての役割だ と私は考えます」と答弁し、BPOの自立的な努力の如何にかかわらず、行政介入を行う意思を公言した。このような発言は2007年の衆参附帯決議の趣旨に 反し、菅総務相(当時)の答弁とも相反する不当なものである。

3. 放送法第4条に違反するかどうかを所管庁が判断するのは編集の自由の侵害である。

  放送法第4条違反を理由に停波を発動することがあり得るとした高市総務相の発言は、放送された特定の番組の内容が事実を曲げたものかどうか、政治的に公平 かどうか、意見が対立している問題について多くの角度から論点を明らかにしたかどうかを所管庁(総務省もしくは総務大臣)が判断することを意味している。 当会が今回の高市発言で最も問題視するのはこの点である。
 というのも、事実を曲げたかどうか、政治的に公平だったかどうか、多角的に論点を明ら かにしたかどうかは往々、価値判断や対立する利害が絡む問題である。そして報道番組の取材対象の大半は、時の政権が推進しようとする国策であり、報道番組 では政府与党自身が相対立する当事者の一方の側に立つのがほとんどである。

 このような状況の中で、政府の一員であり、放送に関する許認 可権を持つ総務大臣が、放送された番組が政治的に公平かどうかの審判者のようにふるまうのは、自らがアンパイアとプレイヤーの二役を演じる矛盾を意味する。その上、総務大臣が自らの判断で放送法第4条違反を認定し、その結果をもとに行政処分に踏み切る可能性を公言するとなれば、放送事業者に及ぼす牽制・ 威嚇効果は計り知れず、そうした公言自体が番組編集の自由、放送の公平・公正に対する重大な脅威となる。
 当会は以上挙げた理由から高市総務相の 停波発言に抗議し、直ちに発言を撤回するよう求める。さらに、放送法の番人を装いながら、その実、行政処分権をちらつかせて放送事業者を萎縮させ、放送を 政府のコントロール下に置こうとする野望を隠そうとしない高市氏は放送事業の所管大臣として失格であり、すみやかに辞任するよう求める。
                           以上
PDF版
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高市総務相宛てのこの申し入れ書は次の各団体・長へも送付しました。
・BPO 濱田純一 理事長
・BPO放送倫理検証委員会 川端和治 委員長
・BPO放送人権委員会 坂井 眞 委員長
・NHK 籾井勝人会長
・日本民間放送連盟 井上 弘会長
・民放労連
・日本放送労働組合 中村正敏 中央執行委員長

 ご参考までに申し入れ文書のなかで参照した資料の出典もお知らせします。

*放送法第4条に反する真実でない放送をした場合の訂正放送は、裁判所の関与を定めたものでのなければ、外部の関係者に訂正放送を請求する権利を付与したものでもなく、表現の自由を確保する観点から、放送事業者の自律的判断によって行うものとした最高裁判決 → こちらのPDF

*第168回国会に提出された放送法改正案に盛り込まれた行政処分規定が削除され、衆参総務委員会でBPOによる取り組みに期待する旨の附帯決議が採択された経緯を記す資料
  ①行政処分規定の新設案をめぐる議論の状況を要約した記事
   『放送研究と調査』(NHK放送文化研究所刊)2007年6月
 https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/focus/136.html
  
 ② 菅総務相(当時)が、BPOによる取り組みが機能している間は総務省は行政処分を差し止める旨の発言をした記録(提出法案説明の中で)168回国会 衆院 本会議 2007年5月22日 会議録「国務大臣(菅義偉君) 次に、この法律案の内容について、その概要を御説明申し上げます。
    ・・・・・・
   今般の再発防止計画の提出の求めに係る規定の新設と時を同じくして、日本放送協会及び民間放送事業者が自主的にBPOの機能強化による番組問題再発防止への取り組みを開始したことにかんがみ、BPOによる取り組みが機能していると認められる間は、再発防止計画の提出の求めに係る規定を適用しないことといたします。」

  ③衆参院 総務委員会の附帯決議
   「放送法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」2007年12月20日
(ここでは第6項)
http://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/168/f064_122001.pdf

  ④参院総務委員会(2007年12月13日)に参考人として出席した川端和治・
BPO放送倫理検証委員会委員長の発言(会議録より)「○参考人(川端和治君) 本日は、発言の機会を与えていただき、誠にありがとうございます。
 私は、放送倫理・番組向上機構、BPOの放送倫理検証委員会で委員長を務めております弁護士の川端和治です。
 本日、審議の対象となっております放送法改正案には、当初、虚偽放送が行われ国民の経済や生活に悪影響を及ぼした場合、その放送局に対して総務大臣が再発防止計画の策定と提出を求めることができる旨の条項が入っておりましたが、与党と民主党において修正協議がなされて同条項が削除されたと 伺っております。この条項は放送の内容について政府に一定の規制権限を与えるものでありましたので、私自身といたしましても、表現の自由、言論の自由との 関係で問題があると考えざるを得ませんでした。したがいまして、しかるべき修正が行われたことにつきましては、思想、表現と言論の自由の保障という意味で 安堵いたしますとともに、国会がお示しになった高い御見識に深甚の敬意を表明させていただきたいと存じます。

 さらに、衆議院においては、同条項を削除するに当たりまして、BPO、特に放送倫理検証委員会による効果的な活動などの取組に期待が表明され、その趣旨の附帯決議もなされたと伺っております。誠にこの修正によって放送倫理検証委員会といたしましても一層重い責任を担うことになったものと改めて痛感しております。
  言うまでもなく、思想、表現と言論の自由は、本来、思想、表現の自由市場の中で優劣が競われ、その結果として取捨選択が行われ、誤りが正されていくべきも のであります。しかしながら、どのような市場におきましても、そこにおける競争は市場のルールに従って行われなければなりません。特に放送の場合、電波と いう公共財が使用されるため、そのルールは放送法が大枠を決めており、また自主的に定められた放送倫理基本綱領などの放送倫理が更に具体的な自主的、自律 的ルールとなっているものと理解しております。・・・・」

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