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2010年12月11日 (土)

女性国際戦犯法廷から10年

シンポジウム バックラッシュ時代の平和構築とジェンダー ─「女性国際戦犯法廷」10年を迎えて─
12月19日(日)10:30~18:00(開場10:00) 
会場:立命館大学創思館1階 カンファレンスルーム
事前申込不要・聴講無料
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/lcs/lcs_index.htm

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米兵性犯罪の実態訴える 女性国際戦犯法廷から10年
琉球新報 12月7日(火)11時5分配信

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性暴力を断ち切るための方策について討論するパネリストら=5日、東京都府中市の東京外国語大学

 【東京】従軍慰安婦問題など戦時中に起きた性暴力の責任を問い昭和天皇や当時の政府・旧日本軍責任者らを裁いた民間法廷「女性国際戦犯法廷」の開催から10周年を記念した国際シンポジウム「『法廷』は何を裁き、何が変わった」(女性国際戦犯法廷10周年実行委員会主催)が5日、東京都府中市の東京外国語大学で開かれた。

元慰安婦らの被害体験を共有し、今後も政府に明確な謝罪と補償を訴え、二度と慰安婦制度が繰り返されないために行動することを確認した。

Img4cfd955c84cc02  パネル討論では沖縄女性史家の宮城晴美さんが在沖米兵による性犯罪の実態を報告。宮城さんは「検挙されるのは一部で、検挙数の背後でどれだけ大勢の女性が泣き寝入りしているか分からない」と説明。事件が繰り返される背景に「沖縄が日本とアメリカの植民地状態であり、民族差別、女性差別が続いている」と指摘。「沖縄の女性が独自に性暴力を断ち切ることはもはや不可能。だから日米同盟の意義を問い、米軍基地の撤去を求めている」と訴えた。

 元慰安婦のナルシサ・クラベリアさん(フィリピン)は、強制的に日本軍駐屯地に連れて行かれ、無理やり兵士の相手をさせられた体験を涙ながらに語り「日本政府が被害を認めないことに怒りを感じる。女性の尊厳を求める闘いを続けないといけない。たとえ一人になったとしても闘い続ける」と語った。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-170988-storytopic-1.html

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20101207j0032女性国際戦犯法廷から10年、東京で国際シンポ
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2010/05/1005j1207-00001.htm
市民社会の責任 「加害国日本に圧力を」
女性国際戦犯法廷から10年、国際シンポのもよう

  2000年12月に東京で開かれた日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷から10周年を迎え、「法廷は、何を裁き、何が変わったか~性暴力・民族差別・植 民地主義~」と銘打つ国際シンポジウム(共催=同シンポ実行委と東京外語大学海外事情研究所など)が、5日、東京・府中市の東京外語大学ホールで開かれ た。

 シンポには、「法廷」の首席検事を務めたパトリシア・ビザー・セラーズさん (元国連人権高等弁務官事務所・女性の人権とジェンダー・セクションの法律顧問)、「法廷」国際実行委共同代表だった尹貞玉さんとインダイ・サホールさん (国連人権高等弁務官事務所・太平洋地区ジェンダーアドバイザー)をはじめ南、中国、米国、フィリピン、インドネシア、台湾などから日本軍性奴隷被害女性 たちとその支援者たち500余人が参加した。

 シンポではまず、この10年の間に他界した被害女性たちに黙祷した後、主催者を代表して東 海林得子・実行委委員長があいさつした。同氏は「10年前、法廷が戦時性暴力という不正義を裁き、日本史上初めて戦争当時最高責任者であった昭和天皇が裁 かれ、国際史上例を見ない残虐で組織的な性暴力が行われたことが認定され、9人の日本軍責任者および日本政府の責任が問われた」とその歴史的意義を誇らし く振り返った。

 シンポの第1部では、パトリシア・ビザー・セラーズさんが基調講演に立ち、「この間、1人ひとりの被害者らは、繰り返 し、日本政府を提訴して、賠償を求めてたたかってきた。10年前の『法廷』の判決の脚注36は、『本判決の判決を確実に各方面に伝え、実行に移すのは、グ ローバルな市民社会の課題である。加害国日本、第2次大戦時の連合国各国及び被害国の市民社会には、日本政府が補償を実行するよう圧力をかける特別の責任 がある』」と指摘した事実をあげて、同氏は「法廷」10周年を記念するこの場が、「市民社会による判決の実行のひとつの形だ」と強調した。

20101207j0041 会場には、国際史上例を見ない残虐日本軍性奴隷制における日本軍責任者らの写真が貼られていた
  第2部ではアジアの日本軍性暴力被害者の証言が続いた。中国から来た韋紹蘭、羅善学さん親子は桂林で行われた残虐な住民虐殺と略奪、慰安所での野蛮極まり ない拉致、監禁、強かんの実態について具体的な証言をした。韋紹蘭さんは、1944年11月、洞窟に隠れていて他に移ろうとしたとき日本軍に発見され、桂 林に連行され、約3カ月部屋に監禁されて、連日兵士の相手をさせられたと涙ながらに証言をした。

そして、ここで身籠り生まれたのが羅善学 だった。その後、羅さんは村人たちから「日本鬼子の子」と蔑まれたことなど不幸な半生を慟哭しながら語った。羅さんは「私の人生は台無しだから何も望まな い。ただ日本政府が母に対して行った仕打ちを謝罪し、賠償してほしい。みんなでたたかい続けよう」と呼びかけた。

 また、フィリピン・ル ソン島で被害にあったナルシサ・クラベリアさんも証言に立ち、1943年、14歳で慰安婦にさせられた体験と日本兵によって両親、弟妹が目前で虐殺された 体験を詳述した。ナルシサさんは「8歳の妹は捕まえられ、空中に放り上げられて落ちたところを銃剣で刺し殺され、弟は水がめが置いてある家の台所に連れて いかれ、そこで殺害された。父はのどから性器のところまで皮膚を剥がされて、まるで豚を殺すようにして殺された。母はレイプされ命を奪われ、その後家を焼 かれた。ともに慰安所に連行された2人の姉のうち1人は、無惨な体験によって正気を失い、もう1人は行方不明、マニラで働いていた姉も日本軍によって性暴 力を受けた」と悲惨きわまりない体験を語った。

 第3部では「法廷の判決・勧告/証言をどう引き継ぐか」が行われた。また、同シンポには 朝鮮・日本軍慰安婦・強制連行犠牲者問題対策委員会と朝鮮民主女性同盟中央委員会から連帯のメッセージが寄せられた。また、朝鮮検事団代理として丁煕子・ 女性同盟中央副委員長が出席した。
 シンポでは「慰安婦問題解決のために、戦争と性暴力が繰り返されない21世紀を創るために、それぞれの生きる場でこれからも力を尽くす」ことを宣言し、閉会した。(文・朴日粉、写真・尹梨奈)
[朝鮮新報 2010.12.7]
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国際シンポ 東京で来月開催 「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」から10年
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2010/05/1005j1117-00003.htm

20101117j0051 今 年は、2000年12月に東京で開かれた「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」から10周年にあたる。「法廷」は、半世紀にわたる沈黙を破り、謝罪と 補償を求めて立ち上がったサバイバーたちに敬意を表し、置き去りにされてきた被害者の正義の実現と、戦時性暴力を含む女性に対する暴力根絶のために、世界 の女性たちの手で開いた国際民衆法廷であった。

 10周年を迎えた今年、「慰安婦」問題の解決を巡る法廷後10年の運動の足跡と意義を振 り返り、今後の課題を広く共有していきたいと考え、来月5日、国際シンポジウム「『法廷』は何を裁き、何が変わったか~性暴力・民族差別・植民地主義~」 が東京で開催される(詳細は毎週水曜日号掲載の本紙6面「みんなの広場」参照)。サバイバーたちの声を聴き、法廷後10年の思想的な分析・検討を行い、次 世代に運動課題を提起し、「今、私に何ができるか」を考え、一歩を踏み出す機会にしたいとシンポへの参加を広く呼びかけている。

 10年 前、加害国日本の首都東京で開かれた「女性国際戦犯法廷」は、20世紀の終焉に、市民の力で天皇の軍隊が犯した最大の罪である「性奴隷制」を裁き、被害者 の尊厳を回復することが目的だった。会場には、北南、海外の朝鮮人被害者約30人を含むアジア各国の性奴隷被害者約70人が出席したのをはじめ、約2千人 の参加者で埋め尽くされた。北南朝鮮は共同起訴状を作成し、日本政府を厳しく追及した。さらに画期的だったのは、被害者の請求を全面的に認め、昭和天皇裕 仁に有罪判決を下すとともに、国際法に違反した日本政府の国家責任も認定した。かつてない大規模で組織的な日本の性奴隷犯罪が、市民の手によって、初めて 裁かれたのだった。

 しかし、この10年、「従軍慰安婦」をめぐって、日本政府はもとより政治、メディアなど各分野で右からの巻き返しが 強まった。「女性国際戦犯法廷」の成功のために尽力し、02年、がんのために惜別したジャーナリストの松井やよりさんは、この事態を予想しながら「慰安婦 制度のような性暴力はこれまで『不処罰』であった。日本社会のありようを根本的に問うのだから、当然、逆風は覚悟している」と指摘していた。
  07年には、「慰安婦」問題での安倍首相(当時)による「強制性はなかった」という暴言に対して、米ニューヨークタイムズ紙が社説で、「恥ずべき過去を克 服する第一歩は、それを事実と認めることだ」と、強く批判した。さらにオランダ外相も同国駐在の日本大使を呼んで、強い憂慮と不快感を伝え、来日していた 豪のハワード首相も日本政府に「つまらない言いわけをするな」と一喝するなど国際社会は強い警鐘を鳴らした。

 97年に死去した南の被害者・姜徳景ハルモニは、遺言として「責任者を処罰せよ」という題の絵を描き残した。被害女性たちの多くは高齢で、次々と死を迎えている。日本政府に謝罪と補償をさせて、ハルモニたちの無念は今こそ晴らされなければならない。(粉)
[朝鮮新報 2010.11.17]
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2010/05/1005j1117-00003.htm

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