放送法改正案・問題点を探る:毎日
/上/ 通信との融合視野、表現の自由に懸念
衆院で今月中にも審議入りする放送法等改正案に対し、放送の自由への制約懸念が出ている。改正案は通信と放送の融合を目指し60年ぶりの大改正と言われるが、表現の自由や独立性などに関しての本質議論はほとんどなされないまま閣議決定された。2回に分けて同改正案の問題点について考える。【臺宏士、内藤陽】
■唐突な条文公表
今回の放送法改正案は、インターネットをはじめとするメディア環境の激変に対応するため、通信と放送の垣根を越えたサービス整備などを幅広く想定。総務省情報通信審議会が昨年8月に答申した「通信・放送の総合的な法体系の在り方」を下敷きに立法化が進められてきた。さらに、民主党が米連邦通信委員会(FCC)のような、政府から独立性の高い機関が放送・通信政策を担うことを志向していたり、NHKの経営委員会の権限が強いことを疑問視していたため、昨年9月の政権交代後、原口一博総務相が主導、意向を反映する形で、電波監理審議会(電監審)の権限強化やNHK会長の経営委員会参加の条項が追加された。
しかし、これら電監審の機能強化やNHK会長の経営委員会への参加規定などは昨年8月の答申にはなく、同法案の詳細な条文は今年3月5日の閣議決定後に初めて公表された。放送事業者に対しても十分な事前説明はなかったといい、ある民放関係者は「唐突感がある」と驚きを隠さない。
民放労連は先月23日、「放送法制定以来という全面的な大改正であるにもかかわらず、過程での議論がほとんど公開されなかったことに強い遺憾の意を表明する」との見解を発表した。また、同14日の自民党総務部会でも佐藤勉前総務相が「(放送法改正案に)余計なものが入ってきたという感じだ」と述べた。総務省は「閣議決定の前後2回、総務政策会議で議論した」(情報通信政策課)としている。
◇電監審の機能強化
■介入「隠れみの」?
電監審の機能強化のどこが問題なのか。
「大所高所に立って放送行政の在り方をチェックしていただくようにするものだ。個別の放送番組に介入させる意図も全くない」。先月27日の衆院本会議で、原口総務相はそう答弁した。
放送法はその目的について「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」と明記している。ところが、改正案では電監審が諮問を受けることなく自ら調査審議し、総務相に建議できる権限を新設した。また、関係行政機関に対しても資料の提出や説明など必要な協力を求められるようにした。原口総務相は「マスメディアをチェックするものではない」と放送規制の意図がないことを繰り返した。
しかし、過去に総務相が権限行使する「隠れみの」として電監審が利用されたとされるケースは少なくない。最近では、放送事業者への行政指導を通じて関与を深めた菅義偉総務相(当時)が06年、NHKの短波ラジオ国際放送で北朝鮮による日本人拉致事件を重点的に取り上げるよう放送命令を出した問題がある。具体的な内容を盛り込んだ初めての命令だった。
これに対して、菅氏は電監審に諮問し「適当」との答申を得たことを正当な権限行使だと主張する根拠にした。また、菅氏は民放の番組捏造(ねつぞう)問題をきっかけに、07年、再発防止計画を提出させる権限を総務相に与える改正案を提出した。行政の番組内容への関与につながると批判されたが、電監審に諮問する手続きを設けることで「恣意(しい)的な発動の歯止めとなる」と説明していた。結局、与野党議員の反対にあって、この行政処分条項は削除された。
果たして今回の権限強化はどうなのか。先月14日の自民党総務部会では、ヒアリングを受けた城所賢一郎・民放連放送計画委員会特別小委員長(TBSテレビ副会長)は「民放連の中には不安視する向きもある」と述べた。また、早河洋・テレビ朝日社長も先月の会見で「放送番組への介入も起こり得るのに、大きな議論がなされずに法案として出てきた。BPO(放送倫理・番組向上機構)が機能していけば建議など必要ない」と批判した。これに対し、総務省情報通信政策課は「建議には法的拘束力はないが、放送行政のあり方についてまんべんなく意見を言ってもらう」と話す。
◇NHK会長に議決権
■07年には経営委強化
放送法等改正案がそのまま成立すれば、NHKの会長も、委員長の選任や会長本人の任免を除く議決権を持って経営委員会に参加できるようになる。元々1950年の放送法制定時は会長も委員会の一員だったが監督する機関と番組をつくる執行部の役割を明確に分けるため、59年除外された。以来、会長はじめ執行部は、経営委員会では提案議案の説明などのために出席する仕組みが定着した。
今回の変更理由について、原口総務相は衆院本会議で「経営委員会と執行部との関係が敵対的というか、いびつな形になっている(ため)」と説明した。
原口氏の念頭には08年に策定された経営計画を巡る対立があったと思われる。
当時の委員長は、古森重隆・富士フイルムホールディングス社長。安倍晋三首相(当時)の意向で委員長に就任し、「強い経営委員会」を目指した。その一つが受信料の値下げ問題だ。値下げ幅の明記に難色を示す執行部に対して、議決権を有する経営委員会は、事実上の10%の受信料値下げを決めた。また、経営委員会には07年の法改正で、経営委員から選任される監査委員会が役員の職務執行について監査し、不法行為を差し止められるなどの権限を与えられていた。こうした強化の背景には、海老沢勝二会長時代の04年、受信料の着服など不祥事が相次ぎ、経営委員会の監督権限の弱さが指摘されたことなどがある。
古森委員会時代の権限強化が今度は執行部との対立を深めた。福地茂雄・現会長は今年3月の国会で「経営と執行の完全分離がNHKのガバナンス(企業統治)にふさわしいのか疑問を持っていた」と述べた。
一方、先の自民党総務部会(先月14日)でもこの問題は取り上げられた。山口俊一衆院議員は「(会長権限が)強大すぎたと言って(経営)委員会を強化したかと思えば今度は弱すぎるという。制度をコロコロ変えるものではない」と批判した。また、3月の経営委員会では法案の立案過程への疑問も出た。弁護士である小林英明委員は「経営委員に意見を求めることなく政府の改正案が示されたことは残念だ」と述べた。
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◇放送法改正などをめぐる主な動き
《06年》
6月 総務相の私的懇談会「通信・放送の在り方に関する懇談会」が通信と放送の融合を進めるための融合法制を提言
11月 菅義偉総務相はNHKの短波ラジオ国際放送で、電波監理審議会の答申を受け北朝鮮による拉致問題を重点的に取り上げるよう放送命令を出す。個別事項での命令は国際放送の開始(52年)以来初めて
《07年》
1月 民放バラエティー番組による納豆にダイエット効果があるという捏造問題発覚
4月 捏造番組を流した放送局に行政処分できる放送法改正案、衆院に提出
6月 古森重隆・富士フイルムホールディングス社長がNHK経営委員長に就任
12月 行政処分条項は、自民・民主議員による共同修正で削除して改正放送法は成立
《08年》
4月 NHKが監査委員会設置
10月 NHK、受信料の10%還元を明記した経営計画を経営委員会の修正動議で議決
《09年》
8月 総務省・情報通信審議会が「通信・放送の総合的な法体系の在り方」を答申
《10年》
3月 政府が放送法等改正案を閣議決定
毎日新聞 2010年5月10日 東京朝刊
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/下/ 総務相の権限強化、番組への規制懸念
放送法等改正案が11日、衆院総務委員会で審議入りした。同委では、本欄で前回(5月10日朝刊)指摘した電波監理審議会(電監審)の権限強化などについて、与野党から疑問の声が上がった。今回は総務相の権限強化の懸念について検証する。【臺宏士、内藤陽】
■与党からも疑問
放送法改正案の国会審議は冒頭から波乱含みだった。11日の衆院総務委員会は運営手法を巡り野党が反発、趣旨説明は自民党委員が欠席の中で行われた。13日に始まった本格審議では、権限が強化される電監審に関して質問が集中。原口一博総務相は「放送と通信が融合する中で、放送の自由を確保するための法改正だ」「個別の番組内容に介入することは一切ない。行政機関の長をしっかりとコントロールするためのものだ」などと防戦に追われた。
しかし、連立を組む社民党からも「放送行政のチェックが番組への介入となる心配がある」(重野安正委員)などと疑問が出された。
■極めて異例
「巧妙に放送に対する行政権限の拡充を図るものであり、極めて危険な法案だ。番組内容を理由とする直接的な業務停止命令など目に余る」。4月に東京都内で開かれた放送法の専門家らが集まった研究会。NHK出身で、メディア評論家の山本博史さんは今回の改正案について厳しく批判した。法案には実は、総務相の権限強化規定も盛り込まれている。
現行の電波法には、地上放送局に対して放送法違反などについて電波を送出する無線局(ハード)の運用を、総務相が3カ月以内の期間を定めて停止(停波)できる規定がある。
一方、番組(ソフト)の内容を理由に停波できるかは見解が分かれている。総務省は▽報道は事実をまげないですること▽政治的公平--などを定めた番組編集準則違反を根拠に停波できるとしているが、放送事業者側は、準則は倫理規定で除外されていると主張。これまで準則違反を理由とした停波処分の例はない。
これまではハードとソフト面を一体的に施設免許として交付されてきた。改正案は、通信と放送の融合を促す観点から原則として分離し、多額な投資を要するハードを持たなくても総務相から「認定」を受ければ番組を流せる仕組みとした。その結果、放送法自体に番組内容を理由として業務停止できる規定が新たに盛り込まれた。対象には衛星放送やケーブルテレビも含まれている。
既存の放送局は現行制度での申請ができるため運用上の大きな変更は当面なさそうだが、先進諸国では政府から独立した行政委員会が放送行政を担当しており、直接監督する総務相による番組内容規制の強化は極めて異例だ。
広瀬道貞民放連会長(テレビ朝日顧問)は今年3月の会見で、改正案について放送事業者の反発を踏まえ現行の免許制度も残した点を評価した上で、「総務省(相)が放送電波の停止を放送局に命じたりすることができることなど問題点もある」と懸念を表明した。
山本さんは「新たな業務停止規定が盛り込まれたとしても、現実に放送を止めることは難しいだろう。ただ、その時の政権に都合が悪い放送を流せば、学説にも邪魔されず、電波監理審議会への諮問という手続きも不要で、総務相による威迫が可能になる。現行制度が適用される地上放送局も影響を受けないわけがない」と指摘する。
■アメとムチ
一方、今回の放送法改正案で、放送事業者への「アメとムチ」と言われているのが「マスメディア集中排除原則」の基本的な事項の法定化を巡る出資規制の緩和と、免許の取り消し権限の追加だ。
集中排除原則とは、放送をする機会をできるだけ多くの人が確保できるようにするために、一つの資本が複数の放送局を傘下に置くことを禁じる仕組み。ある放送局の株主議決権を10%を超えて保有する企業や個人は、その放送対象エリア内の別の放送局の株主議決権を10%以下しか持てない。現在は総務省令の「放送局に係る表現の自由享有基準」で定められている。
今回の改正案ではこれを省令ではなく法律で定めるとともに上限を3分の1未満とした。出資の上限を緩和したのは、経営基盤の弱いローカル局救済のため在京キー局などによる出資がしやすい環境整備を図る狙いだ。しかし、緩和の一方で規制強化も用意されている。現行制度では、申請や再申請の際にこうした基準を超えていた場合は免許が与えられなかっただけだったが、改正案では免許期間(5年間)内でも違反が発覚した場合は、総務相が免許を取り消すことができるようにした。総務省情報通信政策課は「例えば、免許申請時に在京キー局がローカル局への出資率を低く抑え、免許の交付後に増やすなど形骸(けいがい)化させないよう順守の実効性を高めるためだ」と説明した。ある民放関係者は「法令違反を理由にした処分について、正面から反対するのは難しい」と困惑する。
先の山本さんは「一時的な違反も絶対に許されず、ずっと守らなければいけないルールなのかについては論議があるところだ。無線局の運用停止や業務の停止といった措置を取ることなく一足飛びに免許を取り消す仕方がいいのかどうかの議論が全く足りない」と指摘する。また、佐藤勉・前総務相(自民)は一連の放送法改正案に盛り込まれた総務相の権限強化について、「原口さんは『適切に運用する』と言うかもしれない。しかし、総務相が代わった後も果たして適切に運用できるのかは疑問だ。時の総務相によって恣意(しい)的に運用される余地を残すことになる」と懸念を示した。
毎日新聞 2010年5月17日 東京朝刊
放送法改正案・問題点を探る:/下 服部孝章・立教大教授の話
◇不透明な案リセットを--服部孝章・立教大教授(メディア法)
原口一博総務相は、私と郷原信郎・名城大学教授と3人の座談会の席で放送法改正案について「民主党が政権を取った以上、前の政権がやっていたことはリセットして一から考え直すというのが大前提」と言い切っていた。ところが、通信と放送の融合をうたった今回の放送法改正は、1950年の現行法の制定以来の大改正という割には、NTTやNHKを含めた通信・放送の将来像を描かないままとなったのは残念だ。
原口氏の肝いりで設置された「ICT権利保障フォーラム」で放送制度の根本について議論しているにもかかわらず、立法作業の詳細は閣議決定まで全く知らされずに蚊帳の外だった。本来であればフォーラムに対して話があるべきだったのではないか。フォーラムはジグソーパズルの1ピースにもなっておらず、存在意義を問われかねない。
法案を見ると、NHK会長が経営委員会に議決権を持って参加できるようにしたり、電監審の権限を強化する内容だった。NHKのガバナンス(企業統治)の十分な検証なしに、なぜ現時点で、会長の経営委員会への参加が必要だと判断できるのか理解に苦しむ。総務相諮問機関の電監審強化も委員の選任過程が不透明なうえ、国会同意が必要とされることで与党の意向と無縁でない組織の強化を決めた根拠もはっきりしない。また、「放送」の定義を「公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信」としたが、この表現は「インターネットも規制対象になる」との批判を招いた。国民全員にかかわるのだから工夫が必要だった。
「放送法等の一部改正」法案に対するメディア総研の見解
2007年5月30日
メディア総合研究所
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はじめに
2007年4月6日、政府は「放送法等の一部改正法案」(以下「改正案」)を閣議決定し、国会に上程した。「改正案」は「通信・放送分野の改革を推進する」ことを目的として、NHK関係では「ガバナンスの強化」「新たな国際放送の制度化」など、民放関係では「認定放送持株会社制度の導入」「ワンセグ放送の独立利用の実現」「有料放送の料金に関する規制緩和」「再発防止計画の提出の求めに係る制度の導入」などを主な内容としている。
私たちは、表現の自由を保障するための放送の自立という観点、また国民の共有財産である電波を利用する放送の公共性という観点から、この「改正案」は到底容認できないという結論に至った。私たちは、この「改正案」の廃案を求め、放送法制のあり方について根本的に議論しなおすことを強く求める。
1.「再発防止計画の提出」
「改正案」では、現行法五三条の八に「二」を加えて、 「総務大臣は、放送事業者(受託放送事業者を除く。)が、虚偽の説明により事実でない事項を事実であると誤解させるような放送であって、国民経済又は国民生活に悪影響を及ぼし、又は及ぼすおそれがあるものを行い、又は委託して行わせたと認めるときは、当該放送事業者に対し、期間を定めて、同様の放送の再発防止を図るための計画の策定及びその提出を求めることができる。
2 総務大臣は、前項の計画を受理したときは、これを検討して意見を付し、公表するものとする」
との規定を新設している。これは、総務大臣が放送内容に対する判断を行って、それを根拠に放送局に対する行政処分を行うというもので、「事実とは何か」「悪影響とはどういう状態をさすか」などという、非常にデリケートで実証困難な問題について、ほとんど無限定の行政裁量を認める危険性をはらんでいる。また、放送局が提出した「再発防止計画」に対して総務大臣が意見を付した上で公表することは、放送番組の制作過程などに対して行政が関与できる根拠を与えることになりかねない。これは憲法二一条が明確に禁じている「検閲」に相当する行為であり、放送法が保障する番組編集の自由、放送の不偏不党にも抵触する重大な問題をはらんでいる。また、間違った内容を放送した放送局に適用される「訂正放送制度」との二重規制になるとも考えられ、放送への行政の過剰な介入を招くものとなる。この「再発防止計画」に関する条項は、丸ごと削除されるべきである。
2.「認定放送持株会社」
「改正案」では、総務大臣が認定して、複数の地上放送局や衛星放送局を 100%子会社として傘下に置くことができる「認定放送持株会社」制度の導入も盛り込まれている(第三章の四)。デジタル化対策などのために経営が苦しいローカル局などの救済策として放送業界からは期待されている新制度ではあるが、ここにも民主主義社会の健全な発展のために看過できない問題点が存在する。
本来、放送局の経営に当たっては、総務省令「放送局開設の根本的基準」にある「マスメディア集中排除原則」を遵守することが求められている。度重なる見直しでほとんど「骨抜き」にされているとはいえ、特定資本による複数の放送局支配に一定の歯止めをかけるこの原則は、言論・表現の多様性・多元性・地域性の確保の面から決して軽視できない価値を有している。かつて複数の放送局を支配する政治家が首相に当選したイタリアなどの例を見るまでもなく、巨大メディア資本による放送界の寡占が民主主義社会に及ぼす弊害の大きさはすでに明らかであろう。
ただでさえ自社制作率・編成率が低いと批判にさらされている日本のローカル放送が、この「放送持株会社」によって、さらに情報の東京一極集中・地方切り捨てを進行させることは間違いないであろう。放送局への出資制限はこれまで以上に厳格に運用されるべきであり、放送行政においても「地域主権」が明確に打ちだされるべきだと考える。
3.NHKガバナンスの強化
「改定案」ではNHK改革の一環として、経営委員の一部常勤化、監査委員会の新設、などを柱としたNHK経営委員会の機能強化がうたわれている。しかし、こうした「改革」が本当に経営委員会の機能強化につながるのか、はなはだ疑問を感じざるを得ない。
「改定案」では、「経営委員会は、前項に規定する権限の適正な行使に資するため、総務省令の定めるところにより、第三二条第一項の規定により協会とその放送の受信についての契約をしなければならないものの意見を聴取するものとする」(第一四条第二項)「委員長は、総務省令で定めるところにより、定期的に経営委員会を招集しなければならない」(第二二条二の二項)などと、詳細を「総務省令で定める」規定が数多く設けられている。これでは、経営委員会の独自性を発揮する余地はほとんど残されないのではないだろうか。この「改正案」はむしろ、総務省のNHKに対するガバナンスの強化をもくろんでいると指摘されても否定できないだろう。
経営委員の一部を常勤化することは、「常勤委員と非常勤委員との間で情報量の面で格差が生じ、合議機関である経営委員会の独立性と多様性を損なうとの懸念も否定しきれない」との見解が経営委員より出されている。また、経営委員会の職務を法に列記すること(一四条一項の一のイ~ソ、二項)は、法律で経営委員会の権限に一定の枠をはめることになり、経営委員会の独立性を危うくするおそれがある。
経営委員会の機能強化をはかるためには、独自の調査やそれにもとづく政策判断が可能となるように、事務局の人員・予算を充実させる必要がある。また、視聴者に開かれたNHKとするために、経営委員の選出過程の透明化や、経営委員会が直接視聴者の意見を聴取できるような機会が保障されることが望ましい。
4.NHKの国際放送
「改定案」ではNHKが行っている国際放送を「邦人向け」と「外国人向け」とに区別したうえで、外国人向けのテレビ国際放送はNHKの子会社に委託することを規定(九条の二)し、一般放送事業者(民放など)にも協力を求めることができる(一〇条)としている。また、放送への介入として批判が強かった、総務大臣がNHKの国際放送の内容に「命令」できる制度は「要請」に抑えられることになっている。
しかし、この「要請」はNHK側に応じる努力義務を課している(三三条の二)ので、実質的には「命令」と変わるところはない。また、民放にもこの「要請」放送に協力を求めることは、政府の海外宣伝にあらゆる放送メディアが利用されることになる。日本の放送が政府の国策宣伝の道具として諸外国に受け止められることは、「表現の自由について理解のない国」として日本の国際的信用を貶めることになり、その損失は計り知れない。
そもそも、政府が放送機関に放送内容を指示して放送させることができるというこの制度自体に問題があるのは疑いない。文言を変える程度の姑息な修正ではなく、「命令放送制度」そのものの廃止に向けた検討が行われるべきである。
おわりに~放送法見直しのために国民的論議を 以上のように、今回の「改正案」には重大な疑問点が数多く含まれており、私たちは改めて廃案を求めるが、現行の放送法もまた多くの問題を抱えていると考える。地上放送のデジタル化が進行し、インターネットが急激に普及している今日、技術革新に対応した法制度の整備は急務である。現行放送法は、いまだにNHKラジオしか放送局が存在しなかった時代の残滓を引きずっている部分があると言えよう。
放送法制の根本的な見直しのためには、行政当局や放送・通信事業者の思惑などから距離を置いた、市民や有識者ら幅広い人選による独立委員会を組織して、そこを中心に徹底的な議論を行うことが望ましい。その際には、NHKや民放も、放送を通じてさまざまな情報・意見を視聴者に公表すべきであり、また同時に、視聴者・市民からの意見を広く紹介する機会も保障すべきだろう。そのように時間をかけた検討をベースに、放送法制の再構築が図られるべきである。
また、この機会に放送業界が、番組制作のあり方や権力との距離のとり方などについて、自らの襟を正し、その姿勢を明らかにすることも肝要であろう。国民の共有財産である電波を特権的に利用できるNHKと民放はともに公共的な存在であり、その社会的責任は極めて大きいからである。
これでは、政策決定での不透明度が増したと批判されてもやむを得ない。今回の改正は、原口氏が言うような放送行政の民主化、透明度を高めるためのリセットだとはとても言えない。放送法改正案こそリセットして出し直すべきだ。(総務省「今後のICT分野における国民の権利保障等の在り方を考えるフォーラム」構成員)毎日新聞 2010年5月17日 東京朝刊
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参考 「自由の砦」論議に向けた関連事例とその整理 音好宏(上智大)
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