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2010年4月21日 (水)

日本の植民地支配の受動性を印象づけ、主権蹂躙の実態をはぐらかしたNHKスペシャル~「韓国併合への道」を視て

醍醐聰のブログ
  4月18日、NHKスペシャルでシリーズ「日本と朝鮮半島」の第1回として「韓国併合への道」が放送された。<br /> 伊藤博文と彼を射殺したアン・ジュングン(安重根)の軌跡を辿りながら、1910年の韓国併合に至る歴史をロシア、アメリカ、英国など当時の国際列強の動 きと絡めながら明らかにするというのが番組制作者のねらいだった。しかし、番組を視終えた私の感想は、日本による朝鮮の植民地支配の受動性を印象づけ、核 心的な史実である主権蹂躙の実態がはぐらかされたということだった。<br />  私がいう受動性の印象づけは次の2面からなされた。一つは朝鮮のそれなりの「自治」を認めようとした伊藤博文の融和的統治方針を朝鮮民衆が聞き入れず、 過激なナショナリズムに走ったため、伊藤や日本政府は「併合」という手段を選ぶほかなかったというストーリーの仕立て方がされたという点である。<br />  受動性を印象づけたもう一つの手法は、朝鮮を属邦にしようとする清の野望とロシアのアジア進出の脅威を随所で際立たせることによって、日本が朝鮮の占領 支配とその継続を余儀なくされたかのようなストーリーの仕立て方である。以下、これら2つのストーリーの真偽を検討していきたい。<br /> <br /> <strong><span style=" />1.日清戦争は日本が朝鮮の独立保持のために起こした戦争だったのか? 
 番組は冒頭で、1894年7月、日本は朝鮮王宮を武力で制圧した後、清に宣戦布告をしたというナレーションをさらりと流した。そして、こうした日本の行 動は、日本が東洋の平和をめざしていたにもかかわらず、清は朝鮮を属邦にしようとする野望を持っていた、朝鮮を自主の国とするためにはこうした野望を持つ 清の影響を断ち切る必要があったからだと解説した。さらに、番組は三国干渉で半島の返還を要求したロシアや中国進出を伺う西洋列強の動きも伝え、「日本と 朝鮮王朝は否応なくこうした動きと向き合わなければならなかった」と解説した。これでは日本が朝鮮の後見人として列強の進出から同国の独立を守るために 戦ったかのような歴史像を視聴者に植え付けることになる。
 番組がこのような印象づけをしたトリックの種は日本軍による王宮占領事件がなぜ起こったのか、それと清に対する開戦はどのようにつながったのかに一切触 れず、ブラックボックスにした点にある。この日本兵による朝鮮王宮占領事件については、福島県立図書館所蔵の「佐藤文庫」に含まれている旧日本陸軍参謀本 部筆の『日清戦史』草稿を解析した中塚明氏による詳細な研究成果が公表されている(中塚明『歴史の偽造をただす~戦史から消された日本軍の「朝鮮王宮占 領」~』(1997年、高文研)。この草稿の中に1894(明治27)年7月20日付けで本野一郎参事官が第5師団混成旅団大島義昌少将に提出した次のよ うな申し入れ文書が収録されている。

 「ちかごろ朝鮮政府はとみに強硬に傾き、我が撤兵を要求し来たれり。因って我が一切の要求を拒否したるものとみなし断然の措置に出でんがため、本日該政 府に向かって清兵を撤回せしむべしとの要求を提出し、その回答を22日と限れり。もし期限に至り確乎たる回答を得ざれば、まず歩兵一個大隊を京城に入れ て、これを威嚇し、なお我が意を満足せしむるに足らざれば、旅団を進めて王宮を囲まれたし。然る上は大院君〔李是応〕を推して入闕せしめ彼を政府の首領と なし、よってもって牙山清兵の撃攘を我に嘱託せしむるを得べし、因って旅団の出発はしばらく猶予ありたし。」
                            クリックで拡大↑

 現実はこの申し入れ通りに進行したのであるが、要するに日本は朝鮮政府に対し、期限を切って清の撤兵を要求させる、それが聞き入れられない時は京城に歩 兵一個大隊を進軍させて威嚇し、なおも朝鮮政府から満足のいく回答を得られない場合は旅団に王宮を占領させ、高宗皇帝を斥けて国王の実父である大院君を王 位に就かせて、清軍を朝鮮から掃討することを日本軍に委嘱させるという作戦なのである。この提案を受けた大島旅団長は、「開戦の名義の作為もまた軽んずべ からず」と言って同意した。
 この作戦にそって、1894(明治27)年7月23日、午前零時30分、大鳥公使から「計画通り実行せよ」の電報が届くや景福王宮に向けた混成旅団の威 嚇行進が始まり、迎秋門を破壊した兵隊が次々と王宮の奥へと進み、雍和門内威和堂に在室した国王を発見、山口大隊長は彼の目の前で剣を振りかざして威嚇し たのである。他方、この日午前11時に、日本軍は大院君をその邸宅から連れ出して王宮に入城させた。
 こうして、いわばクーデターにより高宗皇帝を退かせ、筋書き通りに傀儡の大院君を即位させた日本は新内閣に、牙山に駐留した清国軍を駆逐する任を日本に 委託する文書を7月25日付けで出させ、清軍艦隊に対する攻撃を開始したのである。(以上、中塚明『歴史の偽造をただす~戦史から消された日本軍の「朝鮮 王宮占領」~』1997年、高文研、37~68ページ参照)

 以上のような事実経過に照らすと、日本は清の進出から朝鮮の独立を守るために 清との開戦を余儀なくされたのではなく、―――朝鮮を属領としようとした清の動向は事実としてもーーそれとは逆に、朝鮮における自らの権益の確保・拡充の ために武力を背景に王宮を占領し、国王を拉致・威嚇して政権を転覆させ、自らが発足させた傀儡政権からの「要請」に応じるという形で清との戦争に突入した ことがわかる。この意味で、日清戦争は日本が清の進攻から朝鮮の独立と東洋の平和のために「余儀なくされた受け身の戦争」であったかのように描いたNHK スペシャルは史実を著しく捻じ曲げて伝え、歴史のねつ造を拡散させたといっても過言ではない。

日本の植民地支配の受動性を印象づけ、主権蹂躙の実態をはぐらかしたNHKスペシャル~「韓国併合への道」を視て~(2)

日本の植民地支配の受動性を印象づけ、主権蹂躙の実態をはぐらかしたNHKスペシャル~「韓国併合への道」を視て~(3)

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