「クロスオーナーシップ」原口大臣の魂胆 放送業界、マーケットは大騒ぎ
19日の会見で、原口総務相は一つの事業者が多くのメディアを傘下に置く「クロスオーナーシップ」に関する規制の見直しに意欲を示した。テレビや新聞などの既存メディアでは大きく報じられなかったが、ネットでは民主党寄りのジャーナリストが中心となってこの問題を取り上げ、ちょっとした騒ぎとなっている。
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小沢一郎民主党幹事長の被疑者聴取をめぐって、検察と小沢氏サイドの駆け引きがヒートアップしている。1月19日、原口一博総務大臣は会見で、「『関係者によると』という報道は、公共の電波を使ってやるには不適」と注文を付けたが、そのような間隙を縫って、じつはさまざまな政策課題が飛び火を受けることとなった。
最たるものは、新聞やテレビを主としたマスコミの民主党批判の高まりを抑え込むかのように打ち出された、放送業界に対する新たな規制に関する議論である。
同じく19日の会見で、原口総務相は一つの事業者が多くのメディアを傘下に置く「クロスオーナーシップ」に関する規制の見直しに意欲を示した。テレビや新聞などの既存メディアでは大きく報じられなかったが、ネットでは民主党寄りのジャーナリストが中心となってこの問題を取り上げ、ちょっとした騒ぎとなっている。
クロスオーナーシップとは、資本参加によって一つの事業者がテレビやラジオ、新聞などの多くのメディアを傘下に置くこと。具体的には、読売新聞グループ本社は日本テレビ放送網の発行済み株式の22.8%、朝日新聞社はテレビ朝日を同24.7%、日本経済新聞社はテレビ東京を同33.3%といったかたちで新聞社がテレビ局の大株主となり、経営に関与している状況になっている。
産経新聞社は逆にテレビが新聞を支配する構造だが、関係はどうあれ、わが国のメディア産業は事実上の株式持ち合いを行なうことで、テレビ・新聞・ラジオの3媒体の相互経営関与を深めている。原口総務相は、これを問題視したようだ。
各国の報道体制やメディア産業を見ても、過度な資本の集中によって公正中立な言論活動が実現できなくなるという考え方は一般的であり、本来ならわが国でも報道のクロスオーナーシップの問題はとっくに検討されてもおかしくはない議題だった。
しかし、それなりに重要な政策課題であるのは事実だが、もともと原口総務相はこの手のメディア規制に積極的な立場を取っていなかった。選挙前はテレビのトーク番組に出演し、「民主党が政権をとれば、電波料を思い切り下げるのでテレビの未来は明るい」など放送業界が泣いて喜ぶ類の発言を繰り返していたのである。
選挙対策でリップサービスをしていたといえばそれまでだが、放送行政を振り返れば、過去に進めた多チャンネル政策がBS、CSに進出した事業者に対する過剰な競争を強いてしまい視聴者が分散、その結果、慢性的な赤字に陥る放送局こそあれ、放送の質を上げられる状況にはなりえなかった。
その後、IT技術の進展によって通信と放送の融合が進んだこともあり、放送行政が実質的に放送を行なっている通信事業者に対してどのような行政上の管理を進めていくのか、空白が生まれている。産業としての大小でいえば、まだテレビ業界の規模は大きいが、成長性や自由度で圧倒的にネット上のメディアは可能性を秘めており、しかし、行政としては統制なしの野放し状態になっている。
通信と放送の法制はどうあるべきか、技術の進展とともにどのような変容を図っていくべきかは重要課題であって、クロス規制の問題も主要な政策方針である。
ところが原口総務相は就任当初からそのような既存メディアに対する規制を表明したならともかく、ここに来て突然、テレビ局ほか事業者が困惑する発言を行なった。しかも最初にそれを表明したのは、日本の大手メディアがあまり臨席しない日本外国特派員協会においてである(1月14日)。
さらには民主党の「政治主導」の名の下に、原口総務相がここまで明確な発言を行なうことは肝心の"放送村"の官僚にはきちんと知らされていなかったという。当然、放送業界だけでなくマーケットでも大騒ぎになり、事実関係の確認も含めて問い合わせが総務省に殺到することになる。発言の当日、新設されたICT(情報通信技術)タスクフォースの第2回会合でたまたま議題に出た内容をそのまま喋っている以上の詳細は窺い知れず、非常にカジュアルに発表してしまった観は否めない。
もし、自由な言論を実現するためという目標を掲げてクロスオーナーシップに対する規制が検討されるなら、たとえば既存大株主である新聞社等からテレビ局株が市場を通して処分されたり、既存株主に対して大幅な譲渡が行なわれるなど、かなりの影響を及ぼすこととなる。
また、本気でテレビ業界に対し新規参入を促すならば、実際にはメディアのクロス規制そのものより、現在行なわれている外国資本の参入規制や、電波法による免許交付スキームのほうが参入障壁としては重要となる。放送局の維持には膨大な金がかかるのはわかっていて、CS事業ですら何十億円の初期投資が必要となる世界で、日本国内の資本だけでそれだけの資金を集めて参入できると考えるほうがおかしい。
だから、テレビ業界への参入圧力とは、過去のテレビ朝日に対する孫正義氏らによる買収攻勢や、フジテレビの経営権取得を目的としたライブドアのニッポン放送買収のような「既存の有力な放送局を買い取る」方向で検討されるわけである。
新規参入したMXテレビは関東が地盤であり、可能視聴世帯がデジタル化によって大きく広がったにもかかわらずスポンサーが付かない状態で、優れた努力を払っているものの、経営維持のため通販番組が山のように放送される事態に陥っている。
さらに最近では深夜放送の番組制作を通販番組にシフトし、放送自体を取りやめる時間帯を増やす動きも加速している。収入に直結する番組を行なうか、あるいは放送自体を行なわないかという事態に放送局が陥ってしまったのは、深夜視聴者の嗜好の分散が進み、ネットやケータイでの情報配信に国民の目が奪われてしまっているからにほかならない。
つまり、政府の規制や政策に課題があるからメディア産業に参入しないのではなく、従来型のメディア(テレビ・新聞・ラジオ)に正面から新規参入するのは利益が薄いことがわかっているから参入しない、というのが現実なのである。ましてや株式の持ち合いをクロスオーナーシップ規制を行なうことで解消させたからといって、「多様な言論」が確保される時代でもない。
むしろ、テレビ局がお荷物となっているラジオ事業を統合させるかたちで一本化させたり、フジテレビのように収益性がまだ高いテレビ局が赤字の新聞社にミルク補給をする構造が崩れて、新聞媒体自体が消滅する可能性のほうが高い。これでは、何のためのクロスオーナーシップ規制なのかわからない。
リーク報道とは話の土台が違う
振り返って、なぜこの時期に無意味なメディア産業の後ろ向きな再編を促すような政策を原口総務相が打ち出したのか。
冒頭にも触れたとおり、単純に、民主党バッシングの延長線上にメディアが行なっている小沢批判を封じ込めるための材料づくり、と断じざるをえないだろう。
わざわざ有識者をタスクフォースの名の下に集めておいて、具体的な競争力強化のための産業育成の話も満足にせず、既存メディアを狙い撃ちにした施策を掲げるのは姑息である。
新聞社などが、検察リークとされる情報に乗って、小沢一郎幹事長の政治資金に関する疑惑を報じることと、経営環境が厳しいテレビ局との株式を持ち合うこととは話の土台が違う。明らかに、民主党の政治的課題を糊塗する目的で、その追及をかわすためのバーター材料をつくろうとしている、と考えられても不思議ではないのではないか。
原口総務相が政治的態度をフラつかせる原因になっている一つは、日本の言論を守るために米連邦通信委員会(FCC)のような"通信・放送の番人"と呼ばれる独立行政法人を日本も設置してはどうか、という日本版FCC構想が別枠で進んでいるからでもある。これも民主党の公約には入っている。
しかし、もはやインターネットは通信という一言の括りに留まらず、国民のライフライン、インフラそのものだ。それを従来型の、総務省と経済産業省による二重行政を続けたままで、硬直化したセクショナリズムの犠牲にすべきではないという考えがある一方、NTT再々編の議論再開のリミットも迫っている。
タスクフォースを組んで右顧左眄しながら業界と有識者の意見を集約しようとするのはわかるが、政権が発足してから出てきた具体的な政策が総務省記者クラブの開放と、今回のクロスオーナーシップ規制という、程度の低い残念な内容に終わっているのはいただけない。
状況が流動的なため、場当たり的になるのは仕方がないにせよ、踏み込んだ内容をマニフェストに記載しておきながら、結果的に民主党の幹事長に対する疑惑報道を睨んでのカウンターとして放送行政改革を利用するのはいかがなものだろうか。
実際には、原口総務相の発言でテレビ局各社の株式はどうなったのかというと……まったくの無風となった。クロス規制の時期的な内容が盛り込まれなかったことで、既存株主も市場関係者も「原口総務相の方針が現実化する可能性は乏しい」と判断したことになる。
原口氏が精力的に地方議会改革に取り組んでいることを含め、事情に明るい分野は活発に活動している一方で、本来の行政という点ではなかなか厳しい状況であることは間違いない。
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