★放送の公共性とは何か NHKと情報法制の課題
■いま放送が危ない・特集にあたって
法と民主主義より http://www.jdla.jp/houmin/2009_11/#toku
NHKが一一月二九日から、スペシャルドラマ「坂の上の雲」を放送します。作者の司馬遼太郎自身が生前、NHKの番組で「なるべく映画とかテレビとか、そういう視覚的なものに翻訳されたくない作品」「迂闊に翻訳すると、ミリタリズムを鼓吹しているように誤解されたりするおそれがありますから」と語っていた作品です。
しかしNHKは、二〇〇九年度から三年間にわたって多角的に企画された「プロジェクトJAPAN―戦争と平和の一五〇年」という大型企画の一環として取り上げられることになったとしています。
「『坂の上の雲』は、国民ひとりひとりが少年のような希望をもって国の近代化に取り組み、そして存亡をかけて日露戦争を戦った『少年の国・明治』の物語で
す。そこには、今の日本と同じように新たな価値観の創造に苦悩・奮闘した明治という時代の精神が生き生きと描かれています。この作品に込められたメッセー
ジは、日本がこれから向かうべき道を考える上で大きなヒントを与えてくれるに違いありません」と、NHKは企画意図を説明しています。司馬さんが語ったよ
うな「迂闊な翻訳」がないのでしょうか?
NHKは、戦前から戦後、そして今に至るまで、国民にとって、「世界を知る窓口」だったと同時に、知らず知らずのうちに日本人全体の「常識」とか「意識」を形成し、「世論」に大きな影響を与えるメディアとして大きな役割を果たしてきました。
「プロジェクトJAPAN」の企画では、ことし四月五日、NHKスペシャル「JAPANデビュー」の第一回「アジアの〝一等国〟」が、日本の台湾統治を取
り上げたことに対して、右翼団体の呼び掛けで、八三〇〇人余りによる集団訴訟が起こされたほか、安倍晋三元首相、故・中川昭一前金融相らが「公共放送のあ
り方について考える議員の会」(会長 古屋圭司会長、稲田朋美事務局長)をつくり、攻撃を始めています。
NHKは「女性国際戦犯法廷」を取り上
げ、二〇〇一年一月に放送したETV特集シリーズ「戦争をどう裁くか」第二回「問われる戦時性暴力」をめぐって、中川議員や内閣官房副長官だった安倍晋三
氏の「圧力」に屈したのではないか、と問題になりました。ここでは、内部告発したディレクターや、法廷で証言したプロデューサーが配転され、結局退職する
ことになったことも、よく知られたことです。その後も、安倍首相が自らを囲む財界人の一人の古森重隆・富士フイルムホールディングス代表を経営委員長に任
命(昨年一二月辞任)したり、国会では、自民党の世耕弘成議員が「NHKスペシャルは格差とかワーキングプアの問題に偏り過ぎている」と会長に制作現場の
監督強化を求めたり、磯崎陽輔議員がNHKスペシャル「セーフティーネット・クライシス~日本の社会保障が危ない」について「偏向している」と攻撃したり
するなどの干渉が絶えません。
放送法によって「公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように豊かで、かつ、良い放送番組によ
る国内放送」を行うことを主たる目的に掲げた、公共放送であるNHKに、政府や政権政党がこうした攻撃や圧力をかけるのは許されないことです。「国民のた
めの公正なNHK」が侵されてはなりません。
一方では、放送全体に関わる法改正が動き出しています。
総務省・情報通信政策局が二〇〇
六年八月に設置した「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」は、二〇〇七年六月、電波法・放送法・電気通信事業法などに分かれている放送・通信関連
の法律を「情報通信法」(仮称)に一本化する中間とりまとめを公表しました。「通信と放送の融合」の時代にこたえようというものです。
そして、二〇〇九年八月選挙の結果登場した鳩山内閣は、電波の割り当てや放送免許など通信・放送行政を米国の連邦通信委員会にならった独立の行政委員会に移す「日本版FCC構想」を明らかにしています。
しかし、この政策については、委員会の構成や任命の仕方をどうするかの問題がある上、権限についても課題があります。内藤正光総務副大臣は九月二二日、市
民メディアが開いた「東京メディフェス2009」の講演で、「放置すると被害が急速に進んでしまうような場合には、例外的に通信・放送委員会が何らかの対
応を取れる権限を持ってもいい」と述べています。そうなると、民放も含めて「放送への介入」が心配です。
こうした論議の中で、公共放送と民間放
送二本建ての日本の放送の在り方や、市民メディアの位置づけ、受信料制度の在り方など、技術が発展した環境の下での放送制度をどうするか、あるいは既に二
〇一一年七月に決まっている「アナログ波停止」をどう考えるか、どう対応するかも、大きな問題として浮かび上がっています。
日本の放送が、「電
気紙芝居」と揶揄されるような単なる「大衆迎合のメディア」から脱皮し、本当に国民の知る権利を実現するものとして、世界の平和と人権と民主主義をすすめ
るために、政治や経済、社会の在り方に積極的に問題提起する「ジャーナリズム」の役割を果たしていくことができるのかどうか。
このことは、
NHK、民放を問わず、放送を送り出す側にとってだけでなく、ドラマ「坂の上の雲」をどう観るか、どう考えるかまで含めて、実は放送を受け取る側、視聴者
である国民全体の政治的、社会的意識とも深く関わっています。この点で、公共放送が放送ジャーナリズムとして健全な発展を遂げることは、日本の民主主義を
進めていく上で、非常に大きな意味を持つことになるでしょう。
今回の特集では、このような視点から、NHK問題を中心に放送の在り方とその法制について多角的に取り上げ検討することにしました。私たちの情報環境をどう創っていくか、皆さんと一緒に考えたいと思います。 (「法と民主主義」編集委員会・丸山重威)
法と民主主義2009年11月号【443号】(目次と記事)
◆いま放送が危ない・特集にあたって……丸山重威 ◆いまNHK問題とは何か──公共放送NHKと政治……松田 浩
◆『坂の上の雲』放映─何が問題か……中塚 明
◆NHK支配にうごめく政財界と右翼……岩崎貞明
◆女性国際戦犯法廷・番組改竄問題とは何だったのか──その経過と残されたもの……川﨑泰資
◆NHK「ETV2001」改変事件と「編集権」……戸崎賢二
◆NHK受信料請求訴訟の帰趨──一審判決と憲法上の問題……梓澤和幸
◆世界の公共放送の現状 韓国、イギリス、ドイツの場合……隅井孝雄
◆情報通信法問題で立ち上がる市民たち──ComRightsとは何か……日隅一雄
◆情報通信法構想に隠された意図……砂川浩慶
◆放送を国民のものとするために──視聴者運動と放送の民主化……醍醐 聰
掲載●刑事法の脱構築(8)刑事法の見えない前提──刑法の基本原則としての行為原理……金澤真理
シリーズ13●私の原点 若手弁護士が聴く 弁護士 市川守弘 スギ・ブナとともに…『森林弁護士』……聴き手・今橋 直
とっておきの一枚●弁護士 安田純治先生……佐藤むつみ
裁判・ホットレポート●葛飾ビラ配布弾圧事件につき最高裁期日取消決定を獲得……西田 穰
司法改革への私の直言(22)●市民の疑問 これが裁判員裁判に対する弁護士の直言か?……山本美悠
日民協文芸●(21)……みちのく赤鬼人・有村紀美・大﨑潤一・チェック・メイト
国会傍聴記●(11)真価が問われる鳩山三党政策合意……西川重則
書評●渡辺仁著「セブンイレブンの罠」(週刊金曜日)……関本秀治
書評●加藤栄一著「裁判所のレッドパージ」(光陽出版社)……有村一巳
予告●これからの「法民」
時評●近隣諸国との平和外交を生み出す市民間の交流の重要性を考える……青木正芳
KAZE●「チェンジの時代」に……丸山重威
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