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2009年10月17日 (土)

NHKドラマ『坂の上の雲』への公開質問状/『坂の上の雲記念館』の問題を考える会

薔薇、または陽だまりの猫
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/4cb95533121e65a13a2a3f6d7a0c876a  より転載

11月29日から放送予定のNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』の放送を前に、NHKは大キャンペーンを行っています。しかし、原作には史実に反する記述など重大な問題があり「えひめ教科書裁判を支える会」と「『坂の上の雲記念館』の問題を考える会」の2市民団体が10月14日、ドラマ化にあたっての対応を問う福地茂雄NHK会長あての「公開質問状」を松山市堀之内の松山放送局に提出しました。
 長文ですが、「公開質問状」ですので、インターネットを通じて、問題点を広く知っていただくために、みなさんに公開します。
 なお、「えひめ教科書裁判を支える会」では、『坂の上の雲』批判の詳しいブックレットを現在、製作中です。放送開始に合わせて、販売する計画です。その際には再度お知らせしますので、ぜひお買い求めいただき、『坂の上の雲』を反面教材にして真実の「歴史認識」を共有していただきたいと願っています。
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日本放送協会 会長 福地茂雄 様
             公 開 質 問 状
 貴局は、司馬遼太郎の作品『坂の上の雲』をドラマ化して、この11月末より放映する予定としていますが、この作品は、歴史的事実に全く反する記述や朝鮮・中国への蔑視的記述をはじめ、非常に重大な問題点が数多くあります。
 この作品での、日清・日露戦争を含む「明治期日本」への認識・評価は、右翼・国家主義者らの「新しい歴史教科書をつくる会」等のそれと、ほとんど似通っています。また「つくる会教科書」には『坂の上の雲』の中の記述をベースにしたものと見てほぼ間違いのないような記述もあります。
 もし、貴局が、これら<歴史的事実>に反すること等の検証をすることなく、原作に忠実にこのドラマをつくっているとしたら、公共放送によって、多くの事実に反することや差別的見方が流されることとなり、多くの視聴者への影響を考えると、看過できるものではありません。
 これは歴史小説だからと言って逃れられることではありません。日清・日露戦争の定義・性格はじめ、司馬自身が、ときに歴史学の学説を批判しながら、到るところで自らの歴史認識を示している、そのようなところでの、歴史的事実に反する記述の問題なのです。登場人物の会話等、想像力を働かせたであろう細部の描写のことを、私たちは問題にしているのではありません。また、司馬自身、以下のように述べています。
 「この作品は、小説であるかどうか、じつに疑わしい。ひとつは事実に拘束されることが百パーセントにちかいからであり、いまひとつは、この作品の書き手――私の事だ――はどうにも小説にならない主題をえらんでしまっている。」(文春文庫新装版、第8巻、330頁)
 「『坂の上の雲』と言う作品は、ぼう大な事実関係の累積のなかで書かねばならないため、ずいぶん疲れた。本来からいえば、事実というのは、作家にとってその真実に到着するための刺戟剤であるにすぎないのだが、しかし『坂の上の雲』にかぎってはそうではなく、事実関係に誤りがあってはどうにもならず、それだけに、ときに泥沼に足をとられてしまったような苦しみを覚えた。」(同第8巻、369頁)
 つまりこの小説は、書き手にとっても、読み手にとっても、そこに書かれていることを、日清戦争や日露戦争に関する歴史的事実と見なす構造になっているのです。
 ですから、貴局は、この作品をドラマ化して放映するにあたっては、そこに書かれていることがほんとうに事実なのかどうか、司馬の、日清戦争や日露戦争に対する認識は間違っていないのかどうか、それらを検証する義務があります。
 つきましては、以下に列挙する『坂の上の雲』の重大な問題点について、貴局はどのような認識をし、また、ドラマの制作上において、どのような対応をされて来ているのかお答えください。


一、 『坂の上の雲』において語られている、以下に列挙したことについての司馬の歴史認識が<事実>と全く違うことについて検証しましたか? また、このことに、「ドラマ」では、どのように対応していますか?

 ① 日清戦争は、司馬のいうように、「清国や朝鮮を領有しようとしておこしたものではなく、多分に受け身であった」戦争であったか?

 司馬は、日清戦争は、「清国や朝鮮を領有しようとしておこしたものではなく、多分に受け身であった」としている。 しかし、日清戦争は、朝鮮から清の勢力を逐い出し、日本が朝鮮を単独支配するとともに、清国領の一部を領有することをも目的として、日本から主体的・積極的に起こしたというのが、<歴史的事実>である。 そして、実際に、日本は、朝鮮から清の勢力を逐い出すとともに、その後も、清国領に去った清国軍を追って清国領内で戦争を続行し、講和条約において、清国領の一部を領有したのである。 つまり、司馬が日清戦争について述べていることは、全く<事実>に反しているのである。
(『資料』一の(1)の ① を参照ください)
 ② 日露戦争は、司馬の言うように、「祖国防衛戦争」であったか?
 司馬は、日露戦争における「日本側の立場は、追いつめられた者が、生きる力のぎりぎりのものをふりしぼろうとした防衛戦であったこともまぎれもない。」(第3巻、182頁)
とし、また
「後世という、事が冷却してしまった時点でみてなお、ロシアの態度には、弁護すべきところがまったくない。ロシアは日本を意識的に死へ追いつめていた。日本を窮鼠にした。死力をふるって猫を噛むしか手がなかったであろう。」(第3巻、178頁)
と述べている。 しかし、『資料』で明らかにしたように、日本は、ロシアによって「死へ追いつめ」られていたり、「窮鼠」にされていたりしたという事実はなく、また当時、日本をロシアから「防衛」しなければならないような客観的状況も全くなかった。

 日露戦争は、朝鮮からロシアの勢力を逐いだし、日本が朝鮮を単独支配するために、日本の方から主体的、積極的にロシアに戦争を仕掛けて始まったというのが<歴史的事実>である。そして日露戦争を行いながら同時に、朝鮮の保護国化・植民地化を進める措置をとり、戦後には、この戦争の当初の目的どおり、ポーツマス講和条約において、ロシアに日本の朝鮮単独支配を認めさせたのである。
 つまり、日露戦争は「防衛戦」などでは全くなく、朝鮮を保護国・植民地化するための戦争であった、というのが<歴史的事実>である。
 また、司馬は、
「ロシアが、フランスの利益に関係のない極東での侵略道楽をはじめたがために日露戦争がおこった。」(第5巻、308頁)
「極東を征服するための戦争をおこした以上は、ロシア帝国は勝つための態勢をとるべきであった。」(第8巻、234頁)
と書いて、まるでロシアの方から戦争を起こしたように書いているが、これも『資料』で明らかにしたように、明白に、日本の方から仕掛け、起こした戦争であったというのが<歴史的事実>である。(『資料』一の(1)の ②を参照ください)
 ③「北清事変」(義和団鎮圧戦争)で「日本軍は掠奪しなかった」というのはほんとうか?
 司馬は、日本と欧米列強が義和団の蜂起を鎮圧した、いわゆる「北清事変」において、欧米列強はすさまじい掠奪を行ったが、日本は一切しなかった、と以下のように言っている。
「キリスト教国の側からいえば、いわば正義の軍隊である。しかし入城後にかれらがやった無差別殺戮と掠奪のすさまじさは、近代史上、類を絶している。 かれらは民家という民家に押し込んで掠奪のかぎりをつくしたばかりでなく、大挙して宮殿にふみこみ、金目のものはことごとく奪った。(略)  ただし、日本軍のみは一兵といえども掠奪をしなかった。」(第2巻、385頁)
 しかし、『資料』で明らかにしたように、日本軍は、他の列強諸国の軍隊にさきがけて掠奪を行ったというのが<事実>である。 日本軍の掠奪行為については、当時の議会でも問題になり、多くの新聞も、その、いくつもの証言を載せて報じたものである。(『資料』一の(1)の ③ を参照ください)
 ④ 日本は、司馬の言うように、「戦時国際法の忠実な遵奉者」であったか?
司馬は次のように言う。
「日本はこの戦争を通じ、前代未聞なほどに戦時国際法の忠実な遵奉者として終始し、戦場として借りている中国側への配慮を十分にし、中国人の土地財産をおかすことなく、さらにはロシアの捕虜に対しては国家をあげて優遇した。」(第7巻、218頁)
 しかし<事実>は、『資料』で明らかにしているように、日本軍は、戦場とした中国で、種々の軍需品を徴発し、強制労働を課し、多くの人びとを殺害さえしたのである。 また、ロシア兵捕虜に関しても、欧米列強諸国との条約改正をしたいという自らの利害から優遇した側面も確かにあったが、一方、『資料』でそのいくつかを例示したように、多くの捕虜虐殺事件を起こしているのである。 「戦時国際法の遵守」に関しても、同じく条約改正等の自らの利害から欧米各国に対しては守ろうと努めたが、欧米列強の視線がないところでは守らないことが多かった。また朝鮮等のアジアの国に対しては、国際法などまるで存在しないかのごとく、それを全く無視し、さまざまな違法・残虐行為を行ったというのが<歴史的事実>である。(『資料』一の(1)の ④ を参照ください)

二、 日清・日露戦争を描きながら、その戦争における侵略によって被害を受けた朝鮮人・中国人のことは全く触れられてもいません。これほどまでの自国・自民族中心主義でいいのでしょうか?
 朝鮮・中国においては、この二つの戦争における日本軍の行為によって、実に多くの人びとが殺されます。(『資料』一の(1)の ⑤ を参照ください) そして、この二つの戦争をとおして、朝鮮は日本の保護国・植民地にされ、中国は、その一部を日本によって奪われ、支配されます。(『資料』一の(1)の①・② を参照ください) しかし、これらの非常に重要な<歴史的事実>については、触れられていません。あまりもの自国・自民族中心主義、他者・他国への想像力の欠如ではないでしょうか? その具体的な一例を以下に紹介します。
◆ 司馬は以下のように言います。
「旅順というのは、戦いというものの思想的善悪はともかく、二度にわたって日本人の血を大量に吸った。」(第二巻、107頁)  しかし、「旅順というのは」「日本人の血」のみを「大量に吸った」のだろうか?
 旅順は、日清戦争時、日本軍による、中国人大虐殺が行われたところである。これは当時、諸外国のメディアでも報道され、日本政府もその対応に苦慮した、国際的には当時からの公然の事実である。また日露戦争時にも、日本はここで多くの中国人を殺害した。 私たちはここで、この日本軍の虐殺行為を、司馬が書いていないこと自体を問題にしようとしているのではない。 ここでとても問題だと思うのは、「旅順は日本人の血を大量に吸った」と書きながら、そこでその日本人によって虐殺され、流された中国人の「血」のことについては全く触れてもいないことである。しかも、それは、司馬の作品執筆当時はわかっていなかったというようなことではない。 あまりにも他者・他国への想像力が欠如しているのではないだろうか。(『資料』一の(1)の ⑤ を参照ください)

三、 この作品には、日露戦争を遂行した日本軍・日本国家に対する、根拠のない、誇大妄想的な域にまで達している、あられもない日本賛美の記述が多くあります。 仮に、これらの文章をそのままナレーション等の形で放送するとしたら、それは、過剰な自己賛美の偏狭なナショナリズムを、日本社会に生じさせる契機ともなりかねません。 貴局は、このような危惧・問題について検討しましたか? また以下のような記述を、どう扱う予定ですか?
「世界史のうえで、ときに民族というものが後世の想像を絶する奇蹟のようなものを演ずることがあるが、日清戦争から日露戦争にかけての十年間の日本ほどの奇蹟を演じた民族は、まず類がない。」(第3巻、45頁)
「癸丑はペリーがきた嘉永六年のことであり、甲寅とはその翌年の安政元年のことである。この時期以来、日本は国際環境の苛烈ななかに入り、存亡の危機をさけんで志士たちがむらがって輩出し、一方、幕府も諸藩も江戸期科学の伝統に西洋科学を熔接し、ついに明治維新の成立とともにその急速な転換という点で世界史上の奇蹟といわれる近代国家を成立させた。」(第8巻、94頁)
「古今東西の将帥で東郷ほどこの修羅場のなかでくそ落ちつきに落ちついていた男もなかったであろう。」(第8巻、131~132頁)
「なにしろ人類が戦争というものを体験して以来、この闘いほど完璧な勝利を完璧なかたちで生みあげたものはなく、その後にもなかった。」(第8巻、191頁)
「日本海海戦が、人類がなしえたともおもえないほどの記録的勝利を日本があげたとき、ロシア側ははじめて戦争を継続する意志をうしなった。というより、戦うべき手段をうしなった。」(第8巻、282頁)
「世界史のうえで(略)日本ほどの奇蹟を演じた民族は、まず類がない。」とか「人類が~以来、これほどの~は後にも先にもない」とか、これらはまず調べようもないことであり、司馬自身、その根拠を何ら示していないし、また示しようもないものである。そのような形で、このように、過剰なまでの自己・自国賛美を行っているのである。しかも、そのほとんどは、日本の戦争面での「すばらしさ」を讃えているのである。(最初にあげた引用文の中の「奇蹟」も、日本の「驚嘆すべき」軍備拡張を指している。)

四、 司馬は、日本の行った朝鮮への侵略・植民地化を「時代」や「地理的位置」のせいにして正当化しています。 「ドラマ」でも、このような司馬の捉え方を、そのまま取り入れているのでしょうか?
 たとえば司馬は次のように言います。
「十九世紀からこの時代にかけて、世界の国家や地域は、他国の植民地になるか、それがいやならば産業を興して軍事力をもち、帝国主義国の仲間入りするか、その二通りの道しかなかった。(略)日本は維新によって自立の道を選んでしまった以上、すでにそのときから他国(朝鮮)の迷惑の上においておのれの国の自立をたもたねばならなかった。 日本は、その歴史的段階として朝鮮を固執しなければならない。」(第3巻、173頁)
「そろそろ、戦争の原因にふれねばならない。 原因は、朝鮮にある。 といっても、韓国や韓国人に罪があるのではなく、罪があるとすれば、朝鮮半島という地理的存在にある。」(第2巻、48頁)
 しかし、いかにも客観性・普遍性があるような断定的な書き方をしている、これらの司馬の「時代認識」や「地理的位置」の問題の捉え方は、『資料』で明らかにしたように、事実とは異なります。そして、これらの司馬の論法は、当時の日本の行った行為――帝国主義国の一つとなって、朝鮮を侵略・植民地化する――を正当化するためのものに他なりません。
 放映によって、このような司馬の巧妙な論法までが市民・国民の中に流布・浸透するのではないかと、私たちは強い危惧を抱いています。

五、 司馬は、この作品において、日本を、西欧的価値や制度のいち早い達成者・体現者と見なして優等視し、それと比較する形で、朝鮮・中国・ロシアを、その遅れた国として劣等視する記述を多くしています。 貴局は、このようなアジア及びロシア蔑視の文章に、ドラマの中で、どのように対応していますか? また、以下の ※ のところの質問にもお答えください。
 以下に、その一部を例示します。
「韓国自身、どうにもならない。 李王朝はすでに五百年もつづいており、その秩序は老化しきっているため、韓国自身の意思と力でみずからの運命をきりひらく能力は皆無といってよかった。」(第2巻、50頁)
「もともと清国は近代的な国軍を持つような体質ではなかったと言えるであろう。」(第2巻、152頁)
「日本の平安期のころ、日本人はすでにそれなりの統一社会と文化をもっていたが、スラヴ人はなお未開にちかかった。」(第2巻、331頁)
「考えてみれば、ロシア帝国は負けるべくして負けようとしている。 その最大の理由――原理というべきか――が、制度上の健康な批判機関をもたない独裁皇帝とその側近で構成されたおそるべき帝政にあるといっていい。(略) 日本の準備がロシアとかけはなれて計画的であったからである。立憲国家である日本は、練度は不十分ながら国会をもち、責任内閣をもつという点で、その国家運営の原理は当然理性が主要素になっている。ならざるをえない体制をもっていた。 陸海軍も、その後のいわゆる軍閥のように「統帥権」をてこにした立憲性の空洞化をくわだてるような気配はすこしもなく、統帥上は天皇の軍隊ということでありながら、これはあくまでも形而上的精神の世界とし、その運営はあくまでも国会から付託されているという道理がすこしもくずれていなかった。この点、ロシアと比較してみごとに対蹠的であるといっていい。」(第6巻、121頁)
※ここでは略しますが、司馬がここでロシアと比較して「みごとに対蹠的」なほど優れているとしている、当時の日本の国家制度についての説明には、基礎的なことがらも含めて多くの間違い――<事実>に反することがあります。「立憲国家」や「責任内閣」、その国家運営のこと等、それらの間違いについて、『資料』一の(4)の ④ において指摘していますので、この明白な「間違い」に対して、ドラマの中ではどのように対応される予定かについてもお聞かせください。
 ごく一部をあげただけだが、このような、日本を西欧的価値・制度の先進国、文明国とし、他のアジア諸国をその後進国と見なすような思考方法・認識の枠組みは、日本型オリエンタリズムとでも呼ぶべきものであって、近代日本による他のアジア諸国への侵略・植民地化を支えた「思想」と同じものである。
 また、司馬の、こうした比較は、あくまでも国家・統治者の立場・視点からの比較であって、市民・民衆の立場からのものではない。『資料』一の(4)の ⑤ に書いているように、市民・民衆の権利・視点・立場から比較すれば、その頃、日本は、<民権>の獲得と確立をめざした自由民権運動がすでに明治国家によって圧殺され、潰滅させられて、民衆は、天皇制国家のもとに組織されていっていたのに比べて、朝鮮・中国・ロシアでは、国家や皇帝・国王の支配に対し、農民・労働者・民衆が起ち上がり、自らの権利・生活を獲得する闘い――それらを尊重する社会・国づくりへ向けた大きな社会変革のうねりが湧き起こっていたのである。(『資料』一の(4)を参照ください)

 この作品の中には、以下のような女性蔑視の表現があります。 貴局は、ドラマ化において、このような表現に、どのような対応をするつもりですか?
 以下に例示するのは、作品中の会話部分ではなく、司馬自身の語りの部分である。会話の中ならば、女性蔑視の表現も、当時の実相を描いたということで、もちろん問題はないが、以下の表現は書き手――司馬自身の問題である。
「児玉は自分のほうの砲弾不足に悲鳴をあげながらも、 ――旅順を優先的に。 と、その点、戦局全般を見わたして判断していた。乃木軍の伊地知はそのような客観性のある視野や視点を持っていない性格であるようであった。さらにはつねに、自分の失敗を他のせいにするような、一種女性的な性格の持ちぬしであるようだった。」(第3巻、315頁)
「が、ロジェストウェンスキーは、その点にあまりやかましいために孤独であった。しかも孤独をおそれぬ強さがあった。ロジェストウェンスキーは幕僚のたれをも愛さなかった。側近を愛さずとも平気でいられる神経を持っていた。 それにくらべてステッセルは、より女性的であったといっていい。戦前から旅順の社交界の中心人物であったかれは、社交の友を欲し、幕僚のうちでも自分におべっかする者を偏愛し、その献言をつねに採用した。このためステッセルのまわりはそういうふんいきが充満し、愚者のサロンというほどでないにしても、智者や勇者の意見が率直に通るような空気ではなかった。」(第5巻、253~254頁)
 「自分の失敗を他のせいにするような」性格や、「幕僚のうちでも自分におべっかする者を偏愛」するような人物は、それぞれ男性であり、その男性の性格であるにもかかわらず、司馬はそれを「女性的」としているのである。 これは、プラス価値的なものは男性の属性で、マイナス価値的なものは女性の属性であるとする、いわゆる<ジェンダー>の構図――からくり、そのままの表現である。そして、この「からくり」こそは、近代の男性優位社会や女性差別・蔑視を支え、維持してきたものなのである。(『資料』一の(5)を参照ください。)
 以上のことに、ひと月後の11月14日までに文書にてお答えいただければと思います。 同時に、回答当日、担当の方に、その「回答文書」の意味・内容を、私たちの前で、口頭にて説明していただければと思います。
 なお、この<公開質問状>と貴局の「回答」は、マスメディアを含むさまざまなメディア及びインターネット上に発表、公開する予定です。
 それではよろしくお願い致します。
2009年10月14日
えひめ教科書裁判を支える会
『坂の上の雲記念館』の問題を考える会

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弓山正路
myumi@icknet.ne.jp

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