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2009年5月29日 (金)

Column  NHKドラマ「坂の上の雲」放送の中止を!

(5.18付「京都連絡会ニュース」NO11からの転載  09/4/20 湯山哲守)
「坂の上の雲」放送は政治的
 NHKは今年から再来年にかけて3年間、各年末に計13回にわたって司馬遼太郎原作のドラマ「坂の上の雲」を放送するとキャンペーンを展開しています。このドラマは原作から推定すればはじめはともかくとして、全体として「戦争物」になると予想されます。実際、第4回では「日清開戦」、第8回は「日露開戦」、第10回が「旅順総攻撃」、最終回「日本海海戦」と予告されています。長期にわたって行われるこの放送は、現下に憲法改悪を推進する勢力を励ます重大な政治問題であり、公共放送としてふさわしい番組ではありません。
 その放送内容を質していこうと、現在京都では、ジャーナリスト、日本史研究者、弁護士らが集まって「懇談会」が開かれ、シンポジウムを計画するなど、批判活動が始められました。私も「NHKを監視・激励する視聴者運動」を進める立場からその懇談会に加わりました。NHK問題京都連絡会事務局長の長谷川長昭さんも参加されています。
司馬遼太郎氏の矛盾した「歴史観」
 大きな問題として、まず司馬遼太郎氏の「歴史認識」があります。彼は「明るい明治と暗い昭和」という視点から1868年から1945年までを特徴づけます(1969年『坂の上の雲(八)』〔あとがき一〕)。特に明治維新から日露戦争勝利まで(〜1905年)の30年間は「文化史的にも精神史の上からも」日本の歴史上最も「楽天的な時代」だったとして「被害者意識」に基づいて暗い事件をことさら上げることはないとさえ断言します。そしてあろう事か、「日清戦争の原因は朝鮮にある。といっても、韓国や韓国人にあるのではなく、罪があるとすれば、朝鮮半島という地理的存在にある。」とも小説の中で述べています(『坂の上の雲(二)』48頁)。さらには「日露戦争はロシアの側では弁解の余地もない侵略戦争であったが、日本の開戦前後の国民感情からすれば濃厚に明らかに祖国防衛戦争であった。」(『世界の中の日本』96頁)とさえ規定しています。その彼が、「しかし日露戦争の『戦後』から、日本国民は『勝利』を絶対化し、日本軍の神秘的強さを信仰するようになり、民族的に痴呆化し、国民的理性が大きく後退して狂気の昭和期に入る。」と中国侵略に始まる15年戦争については厳しく批判する立場を表明しています(『坂の上の雲(八)』〔あとがき二〕)。しかし「狂気の昭和」を導く源流が「日清・日露」両戦争を通しての朝鮮、中国への侵略戦争にあったことは紛れもない事実です。また、大正デモクラシー期における国民の「理性」の成長などには全く言及しないなど、どう考えても矛盾した歴史観を持っていました。そしてそのことを本人は暗に自覚していたと思われます。なぜなら、すぐ後で述べるように、この小説を「映画とかテレビとかにしてほしくない」と「遺言」しているからです。
司馬氏の「遺言」に反するNHK
 問題なのはNHKの態度です。このドラマの企画が「原作者本人の意向に反してドラマ化されること」に対する説明があるべきです。先の「遺言」を詳しく記すと、「この作品はなるべく映画とかテレビとか、そういう視覚的なものに翻訳されたくない作品でもあります。迂闊に翻訳すると、ミリタリズムを鼓吹しているように誤解されたりするおそれがありますからね。私自身が誤解されるのはいいが、その誤解が弊害をもたらすかも知れないと考え、非常に用心しながら書いた」となっています(NHKブックス『「昭和」という国家』48頁)。まさに「憲法改悪勢力が跋扈する情勢」下にこのドラマがミリタリズムを後押しすることとなるのは必定で、「遺言の懸念」が現実化してしまいます。しかもこの「遺言」はこの本の「巻末」によれば、NHK自身の教育テレビで1986年5月から翌年3月にかけて「司馬遼太郎・雑談『昭和』への道」と題して放送されたシリーズの第3回放送の中で述べられたということです。それを「乗り越えて」強行するNHKの今回の態度は何とも不可解です。加えて不可解なことは、NHKホームページの中で出演者の紹介はされているが、「脚本」が誰の手になるかが明らかにされていないことです。かつて07年からの放送をめざして準備していた脚本担当者の野沢尚氏が04年に自殺したとされており、その未完となっていた野沢氏の脚本は今回どう処理されたのか、司馬氏の「遺言」とドラマ化との関係と合わせて明らかにされるべきでしょう。
庶民の目線で「未来の世界と日本に通じる」大河ドラマを!
 私たち視聴者がこのドラマ化計画を知らされたのはNHKが視聴者に意見を求めた、07年8月の「NHK次期経営計画(2008−2012)の考え方」の中でした。「質の高い大型企画、見ごたえのあるドラマ」として「司馬遼太郎が10年をかけ、近代国家日本がスタートする明治時代の群像を描いた『坂の上の雲』をドラマ化するとともに、明治、大正、昭和を振り返り、日本の進路を考える『プロジェクトJAPAN』をもうけて、平成21年度から3年間にわたりさまざまな番組を放送します」と。
 これに対して「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は、同年8月30日付で意見書を提出し、 「メディアに求められる高いジャーナリズム精神の根幹は権力の監視機能です。・・・この基準に照らしていえば、『坂の上の雲』のような時代がかった国づくりを主題にした番組が今の日本の視聴者(有権者)に問われている選択や判断のよりどころを提供する番組とは思えません。・・・『国のかたちづくり』と称して国家のありようを主権者たる個人の上に置く風潮が強まっている今の時代にこそ、現行憲法が謳った主権在民の意義、集団的自衛権と日本国民および周辺各国の平和との関係、国家の自衛と個人の自由・権利の関係など、目下のわが国で焦眉の問題になっているテーマを題材にした番組作りが重要です。・・・・NHKの大河ドラマというと、なぜ戦国武将の波乱の生涯や明治期の志士の群像を描いたドラマばかりなのか不可解です。今、NHKが視聴率を気にせず、公共放送の強みを発揮して編成することが期待される番組は現代・未来の世界と日本の進路に通じるテーマです。具体的には、日本が関わった近現代の侵略戦争・植民地支配の実態、沖縄戦の現実、東京裁判の実態と評価、現憲法の制定史、敗戦後の占領政策の実態などを、次世代の若者はもとより、これらの歴史を知っているようで実はよく知らない多くの日本人に伝える大河ドラマが編成されるよう要望します。」と申し入れました。 この方向を今、再確認したいと思います。
 NHKが大物スターをふんだんに配して日本にしか通用しない、侵略戦争を美化するドラマづくりを中止し、もっと若者たちが日本の侵略戦争の事実を踏まえ、その上で世界の人々と自信を持って手を繋ぎ、日本の進路に確信を持つことができるような 「庶民」の目線からのドラマづくりを求める次第です。
7.18市民シンポジウムの成功を!  
 冒頭で触れた「坂の上放送問題」に関する市民シンポジウムが7月18日(土)午後、京大会館で開催されることが予定されています。そのための実行委員会が5月8日に開かれます。当「NHK問題京都連絡会」も会としての参加を検討していただきたいと思います。 

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