(ダイヤモンドオンライン 2009年10月9日配信掲載) 2009年10月13日(火)配信
「言論・放送の自由」を、どのように維持・育成していくのか――。
政権交代に伴う情報が洪水のように溢れ出る中で、見落とされがちとなっているが、原口一博総務大臣が就任直後から民主主義を支える要に関する議論を提起している。
内閣の構成員の一人である総務大臣の率いる総務省、つまり、時の政権が直接、通信・放送を監視する現行の体制を抜本的に改めて、米連邦通信委員会(FCC)のような“通信・放送の番人”と呼ばれる独立行政法人を日本も設置してはどうかという議論が、それである。
実は、ある種の日本版FCCの設置論は、数年前、NHKで不祥事が相次いだ時期に、NHK・放送の抜本改革の一案として、筆者も主張した時期があ る。時の政権、権力者の総務省がNHKの予算や経営に口出しできる余地のある現体制のままでは、NHKに報道機関としての独り立ちを望むことが難しいから だ。そうした観点に立てば、今回、まさに政権の座に就いたものが、世論形成に有利な放送を監督する権限を自ら手放すと言うのだから、実現すれば、大変な英 断である。
ところが、原口大臣のあまりの正論に、当の総務官僚や放送局は疑心暗鬼に陥り、何か裏があるのではないかと戸惑いを隠せないでいるのが実情だ。原 口大臣は今後、1年程度をかけて構想をまとめていくという。その志が貫かれるかどうか見守っていくため、現在の状態を整理しておこう。
まず、9月17日の未明に及んだ原口大臣の総務省初登庁時の記者会見での発言をご紹介しよう。この会見は、その前日、鳩山由紀夫内閣が正式に発足し、認証 式と初閣議を終えて、日付が変わってようやく所管の役所に赴き、その場で行った会見である。原口大臣は衆議院総務委員会の筆頭理事や民主党の「次の内閣の 総務大臣」職をつとめた政策通で、地方自治、日本郵政、NTTなどの諸問題と並ぶ懸案として、自民党政権時代から何度も浮かんでは消えを繰り返してきた日 本版FCCの設置問題についても質問に回答する形で次のように言及した。「日本版FCCについては、(2009年までの民主党の政権公約集で)国民の皆さんにお約束をしたことです」「(放送の自由に、政府が)手を突っ込 んでいるように思われては絶対にならないと思っています」「ですから、政治主導になった、この新しい政権で一番大事なものは言論の自由であり、表現の自由 であり、放送の自由だ。ということを考えると、政権のガバナンスの外に、一つの規制機関が必要ではないかというふうに考えているわけです」「放送の中身 や、表現の中身に立ち入る気は全くありませんが、やはり人を傷付ける、人権を侵害するようなそういうものがあってはならない。また、虚偽というのはもって のほか。(放送業界の)中での改革も必要だなと思っています」。
「言論・放送の自由」を、どのように維持・育成していくのか――。
政権交代に伴う情報が洪水のように溢れ出る中で、見落とされがちとなっているが、原口一博総務大臣が就任直後から民主主義を支える要に関する議論を提起している。
内閣の構成員の一人である総務大臣の率いる総務省、つまり、時の政権が直接、通信・放送を監視する現行の体制を抜本的に改めて、米連邦通信委員会(FCC)のような“通信・放送の番人”と呼ばれる独立行政法人を日本も設置してはどうかという議論が、それである。
実は、ある種の日本版FCCの設置論は、数年前、NHKで不祥事が相次いだ時期に、NHK・放送の抜本改革の一案として、筆者も主張した時期があ る。時の政権、権力者の総務省がNHKの予算や経営に口出しできる余地のある現体制のままでは、NHKに報道機関としての独り立ちを望むことが難しいから だ。そうした観点に立てば、今回、まさに政権の座に就いたものが、世論形成に有利な放送を監督する権限を自ら手放すと言うのだから、実現すれば、大変な英 断である。
ところが、原口大臣のあまりの正論に、当の総務官僚や放送局は疑心暗鬼に陥り、何か裏があるのではないかと戸惑いを隠せないでいるのが実情だ。原 口大臣は今後、1年程度をかけて構想をまとめていくという。その志が貫かれるかどうか見守っていくため、現在の状態を整理しておこう。
まず、9月17日の未明に及んだ原口大臣の総務省初登庁時の記者会見での発言をご紹介しよう。この会見は、その前日、鳩山由紀夫内閣が正式に発足 し、認証式と初閣議を終えて、日付が変わってようやく所管の役所に赴き、その場で行った会見である。原口大臣は衆議院総務委員会の筆頭理事や民主党の「次 の内閣の総務大臣」職をつとめた政策通で、地方自治、日本郵政、NTTなどの諸問題と並ぶ懸案として、自民党政権時代から何度も浮かんでは消えを繰り返し てきた日本版FCCの設置問題についても質問に回答する形で次のように言及した。
「日本版FCCについては、(2009年までの民主党の政権公約集で)国民の皆さんにお約束をしたことです」「(放送の自由に、政府 が)手を突っ込んでいるように思われては絶対にならないと思っています」「ですから、政治主導になった、この新しい政権で一番大事なものは言論の自由であ り、表現の自由であり、放送の自由だ。ということを考えると、政権のガバナンスの外に、一つの規制機関が必要ではないかというふうに考えているわけです」 「放送の中身や、表現の中身に立ち入る気は全くありませんが、やはり人を傷付ける、人権を侵害するようなそういうものがあってはならない。また、虚偽とい うのはもってのほか。(放送業界の)中での改革も必要だなと思っています」。
そして、この翌日(9月18日)の会見で、実現までの手順を問われ、「これは広く言論、放送、表現の自由にかかわることですから、多くの皆さんの お知恵を頂きながらスケジュールを作っていきたい。手前勝手でこうやるのだと、ついてこいというような話でないと思っています。特に自由に関わることです から」と回答。各方面で戸惑いが広がっていることに配慮したのか、9月29日の会見では、「是非誤解しないで欲しいのは、(放送・番組の)中身についての 規制機関を作るという方向ではなくて、その放送事業者に対する、あるいは言論の主体に対する様々な権力からのインベイジョン(侵略)、これをしっかりと見 張っていく。そういう方向性を明確に申し上げておきたい」と趣旨を明確にした。
直近(10月6日)の会見では、さらに詳細について、真意を問われて「有限である電波を監理する役所が、その権限をもとに、『あなたのところ、こ の放送の内容はおかしいでしょう。こんなふうに変えた方がいいのではないでしょうか』と番組の中身に入ってくる、あるいは、政党の大きな圧力を背景に、政 治的な介入ととられかねないことを言って、表現の自由を侵すことは、絶対にあってはならない。そういうものをウォッチする機関、あるいは、『言論の自由の 砦』があるべきではないかと考えています」
「私がFCCと言うから、アメリカのFCCをイメージをされるのかも分かりませんが、私が考えているものはアメリカのFCCとは違います。かなりの権限があって、その中身まで、いろいろな検討を進めるものとは違うのです」
としたうえで、1年間かけて議論を集約したいと述べたのだった。この言にしたがえば、実際に、日本版FCC設置のための立法化作業が完了して、新しい体制がスタートするのは3、4年先ということになる。
これに対し、原口構想への関係者たちの反応は、ひと言でいえば、戸惑いを隠せないというところだろう。
例えば、当の放送業界では当初、日本民間放送連盟の広瀬道貞会長が定例の記者会見で、原口大臣の主張に一定の理解を示しつつも、現在のBPOによ る自主規制方式を「最も民主的ですぐれたやり方」と述べ、「政治的干渉を一切受けない組織を作るのは難しい」とFCC設置論に警戒感を示す発言をした。こ のほか、放送関係者は「したたかに放送業界への締め付けを狙っているのではないか」とか「(放送業界の第三者機関である)放送倫理・番組向上機構 (BPO)との役割分担はどうするのか」と疑心暗鬼に陥っていた。
総務省でも、「野党としての要求なら理解できるが、政府・与党となった今、本当に自ら放送業界への監督権限を放棄するとは考えられない。あまりにも立派すぎる」といった声があがったのだ。
こうした疑心暗鬼は、原口大臣の再三の趣旨の説明によって、やや収まりつつある。が、それでも、パソコン・コンテンツ業界には、著作権の機動的な 開放か、逆に強固な保護を求める声が根強い。一方、情報通信に関する経済産業省と総務省の二重行政を解消することの大切さを訴える情報通信産業関係者も少 なくない。そして、これらの声を集約する形で、日本版FCCよりも、むしろ、閣議メンバーを大臣としていただく強力な官庁として「情報通信文化省」を設置 すべきだといった意見も少ないのだ。
その一方で、まったく新しい考え方だが、この際、日本航空(JAL)の経営危機や、放漫な道路財政を行ってきた国土交通行政も抜本見直しの対象に加えて、「総合インフラ産業省」(あるいは、「ネットワークインフラ省」)を設置するべきだとの意見も存在する。というのは、通信、放送、郵政、道路、航空、鉄道はいずれもネットワーク産業で、儲かる地域の収益で、過疎地のサービス維持費用を賄わなければな らないことから、行政手法上の共通点が多いからだ。また、筆者が新聞社のワシントン特派員として4年間取材した経験から言えば、本家の米FCCは、大統領 府(行政)から独立しているとはいえ、議会(立法府)に各種のレポーティングの義務を負っているうえ、委員長、委員は大統領の任命・議会の承認という複雑 な仕組みになっており、理想ほど政治的独立を達成しているとは言い難い存在だ。それゆえ、どちらかと言えば、筆者は現在、総合インフラ省こそ、合理的と考 えている。
いずれにせよ、原口構想には、今後も様々な観点から賛否両論が寄せられるとみられている。
議論の先行きを見通すのは難しいものの、原口大臣の問題提起の中に是非、耳を傾けるべきポイントが存在することは指摘おかねばならない。
それは、同大臣自身が、この構想をあたためるきっかけについて、「これの元々の発想は、私が筆頭理事をさせていただいているときの放送法の改正案でした」「そのときの与党案を見てみると、かなり危惧を感じざるを得ないものでございました」と心中を吐露している点である。
当時、それほど活発な報道があったわけでもないので捕捉すると、自民党政権は、件の放送法改正案において、放送番組の内容に介入し、放送免許の停止をはじめとした処分や規制を行う権限を手に入れようとしたのである。
これに対抗するため、放送業界はBPOの自主規制権限を強化し、ここに、そうした放送番組の内容を検証する機能を委ねるべきだと主張、政府案に真っ向から反対したのだった。
そして、野党が主導権を握っていた参議院の抵抗や、与党内でも、衆議院総務委員会の筆頭理事をつとめていた山口俊一議員らがたまたまリベラルな人 物であり、身内の政府案に行き過ぎだと反対したことから、最終的に、同法案は大幅な修正を受けた。これにより、かろうじて、政府による介入権限の創設が回 避された現実があるのだ。
原口大臣はそうした放送法改正案が提出された事態に今なお、危惧を感じ、制度的に「放送の自由」をより強固に担保する必要があると主張しているわけだ。
せっかくの問題提起と言わざるを得まい。我々も正面から受け止めて、この議論の行方を見守るだけでなく、積極的に発言していくべきではないだろうか。